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満州 奇跡の脱出

 投稿者:森 彦昭  投稿日:2013年 9月16日(月)21時01分39秒
 

 フロイデテノールの森です。ちょっと音楽から離れる話題です。

 自分の体験とラップして涙なしには読了できなかった最近の本のタイトルが「満州 奇跡の脱出」である。著者のポール・K・丸山さんは日系の米国人で年齢は小生と奇しくも同じ72歳である。最初、彼は「Escape from Manchuria」と題して米語で発売した。日本語は高作自子さんという方が翻訳して2011年の12月31日に発売されたが、小生がこの本の存在を知ったのはごく最近である。東京の丸善まで足を運んで読み始めたものの自分の体験を思い出し何度も途中で挫折しようやく最近読了した。そしてポールさんには御礼の手紙をだし一度機会をみつけてお会いすることにもなった。更に、彼は、「ジョン・万次郎の会」などでも来日する機会があるのでうまくいくと日本でも会える機会がある。


 この本は、なぜ敵国だった米国の海軍の船で多くの日本人避難民が引揚げ可能になったのかについて多くの事実をつつみかくさずに書かれており、小生が小さい頃からいだいていた「Why」の一つを完璧に語ってくれている本で多くの日本人(特に若い人)に読んで欲しい本である。
 ポールさんのお父さんの邦雄さん他2人の日本人が大混乱の大連から中国を経由して日本に脱出し満州で日々死んでいく170万人の同胞を救出するべくときの政治家の吉田茂ほか要人に交渉しGHQのトップである「マッカーサー」を動かし、米海軍の大連近くのコロ島(港)に船を発着させ多くの日本人避難民を日本に引揚げさせることができたことは人間として本当に凄いことでまさに小生にとっては命の恩人。ポールさん一家はおふくろさんが日系二世ということが理由で引揚げも最後の方だったようだが全員そろってお手伝いさん含めて無事引揚げだった。ポールさんの紹介で最も苦労の多かった「滿蒙開拓団」の方々ともコンタクトが始まりもっともっと悲惨な方々の話も直接聞く機会がくると思っている。

 戦争というものが如何に庶民の人生を破壊するものか、ポールさんが書いた本には多くの示唆がこめられていると思う。彼は72歳なのにコロラドカレッジでまだお仕事もやっている。2008年にひとり旅でコロラドユニヴァーシティには足を伸ばしたと悔やまれたが、その頃は米語の本を出筆中だったらしい。

 
 

スーパーセルと口笛

 投稿者:森 彦昭  投稿日:2013年 9月 6日(金)11時42分31秒
   フロイデテノールの森です。久しぶりに音楽雑談室に投稿します。スーパーセルのことなので音楽とは無関係です。音楽は自然災害などあっては楽しめないので無関係とはいいきれませんが。

 竜巻については、かって牛久も南地区(孫の通っている小学校を含む)が被害にあっているので今回たてつづけの竜巻で被害にあわれた方々には心からお気の毒と思います。我家は竜巻の被害はまぬがれましたが、突風でテレビのアンテナが崩落して被害を受けたことがあります。ささえの番線が腐食して切れたためでしたが、屋根瓦の一部が被害を受けました。
 今のところ竜巻による「物損」については、個人的に保険をかけて対応するしか手がないのですが、米国で発生しているような「巨大竜巻」が都市部を襲ったときには、多くの命を失いかねず、国、自治体、個人の総力で対応する必要があるのではないかと感じます。米国は最も竜巻被害の多い州の一部では、「シェルター」を義務化したり避難訓練をやったりして官民こぞって対応しています。まったく何もやらずに被害がでてからアクションを起こしている州もありますが、そのため多くの小学生の命が失われた最悪の事例は痛ましい限りでした。日本でも家を新築するときにシェルターを考慮する方々もいるようですが、既に、年金生活のシニアーの方々はなかなかそこまでは難しいと思います。

 予測できない巨大地震、巨大津波、直下型大地震、巨大竜巻、ゲリラ的大雨に突風等々にどう備えるのかは、今を生きる人間につきつけられている自然からの課題であり、叡智を結集しできることから地道にやっていかないと福島原発のごとく人災の要素もからまった場合は対策が後手・後手にまわって世界から日本と日本人の対応が問われることになって何ともなりません。
 オリンピック招聘にも福島原発への対応を日本の弱点として指摘されていることはシンボリックなことだと感じています。技術を前面に誇ってきた日本なのでスーパーセルにも総動員して対応をしてもらいたいと思っています。

 「スーパーセル」から全く離れます。「口笛」は何故鳴るのか?音大や芸大に口笛科はありません。日本でこの分野のエキスパートは福井大学の森幹男先生だそうですが、まだ、ご高説を聞いたことがありません。ところが8月24日の東京の舎人での口笛ライブに「牛久ロビンズ」で参加したときに若い口笛奏者が全く口笛を吹けない聴衆に口笛の鳴る原理を実践指導したのです。その手順は、まず、ちゃんと立ちます。そして複式呼吸をなんどかやります。複式呼吸というのは、唇をすぼめて最初に息を細くだしてゆきます。そのためには横隔膜が下がっていく必要がありますが、横隔膜を意識できる人などはいませんので要は息をはいていくということです。苦しくなったところで息を吸います。唇を細くしているので息は一気には入りません。そのときには横隔膜は上に上がっていきます。横隔膜がサポートしているのは左右の肺臓です。
 「スースー」となんどか複式呼吸をやるのになれたら、次に、”ヒューーー”と少しだけ発音を意識しながらいいながら息をはいていきます。何回かこれをやっているうちにすぼめた唇の先から口笛らしき音が流れます。この訓練を暇なときに継続してやると全然口笛が鳴らなかった人でも吹けるようになるとの話。関係しているのは舌の位置、口の中のスペース(これを小さなコンサートホールと小生は思っています)、唇の水分、ヒトの首から上の内部空間(結構、鼻の上部などにあるのだそうです!)等。小生は、息をはいても吸っても口笛をならせるので呼吸をしながら演奏できるようになり音域のせまい曲は何曲でも吹けるようになりました。世界口笛大会に参加して吸って吹ける人は少ないとわかりました。厳密には音のトーンが変わりやすいので、できるのだけど吐く息でしか吹かないという人が多いせいでもあります。
 

平和を大切にしたいものです

 投稿者:仁田  投稿日:2013年 6月25日(火)23時54分33秒
  爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございます。
おっしゃるように、恒久平和を希求する上で、戦争のできる国をめざすということが
みえみえの「憲法改悪」などさせてはいけないでしょう。
小林信彦も、あるエッセイの中で『戦時下の日本の生活が身体にしみこんでいたから、
(戦争が終わって以降)生活は平和に限ると確信している。~中略~昭和29年から
59年も過ぎて、民主党内閣がいかにムチャクチャだったとはいえ、岸信介の孫の手で
憲法改正をやられたらたまったものではない。原発の廃炉の大問題も片付いていない
のに、よくもそういうことが言えるものだ』と書いています。
戦争の愚かさとそれがもたらす悲惨さを知っているからこそ、あるいは思い描くこと
ができるからこそ、平和のありがたみを再認識し、手放してはいけないはず。
あの兵法を記した孫子ですら、『軍隊というものは不吉な道具であり、多くの人がこれ
を嫌うものだ。だから「道」を知った人間は軍隊には近寄ろうとはしない。人の上に立
つ人々は、通常は左の席を上座とするのに軍隊では右の席を上座にする。軍隊は不吉な
道具であるので、人の上に立つ様な人々が本来使うものではないのだ。
やむを得ない理由で使わねばならない時には、あっさり使って長く使わない事だ。勝利
を善い事だとしてはいけない。勝利を善い事だとする人間は人殺しを楽しむ人間だ。そ
んな人間が天下を得られる筈が無い』と断じています。
戦争を知らない、もっと言えば知らな過ぎる安倍総理はともかく、周囲の人々も付和雷同
するようにそれを支持するのはいかがなものかといぶかしく思っています。
国民のいずれ自分に大きなツケが回ってくることを知ってか知らずか、都議選で大勝をさ
せるような支持行為をするという『気は確かか』と言いたくなるような現状に驚きを禁じ
得ません。
まるで20数年前のあの狂騒に満ちたバカバカしいバブルを再現をめざすような「アベノミ
クス」をもてはやすに至っては、あの震災の悲惨さから何を学んだのかと言いたくなる程
の暗澹たる思いがしています。
実は、あの「ふれあいコンサート」から帰宅する途中で、ツタヤに寄ったところ面白い本
を見つけて衝動買いをしてしまいました。同志社大教授の浜矩子氏の『アベノミクスの
真相』という本(中経出版)です。帯に『好景気の裏に罠がある』と書かれており、経済
に不案内の私でもわかりやすくその問題点が指摘されている本です。
読めば読むほど、「成長と拡大」という幻想をふりまいて日本を混迷の中にひきずりこむ
政権の意図が浮き彫りになって見え、背筋が寒くなる思いがします。
憲法改悪といい経済政策といい、「国民のための国家」から乖離して「国家のための国民」
をめざす現政権にますます怒りを覚えて致し方ないこの頃です。
こうした事態をいっそう深刻にしないためには、投票でしか意思を示せない国民としては、
もっと賢く見極める目を持つことが不可欠だと思わざるを得ません。
 

憲法改正は伝家の宝刀

 投稿者:爺河童  投稿日:2013年 6月24日(月)23時05分58秒
  数年前大阪府知事選立候補した橋下徹氏に対して、嘗て大阪府に在住した住民の一人として、もし投票を許されるならば、彼には絶対に投票はしないであろう。万が一彼が知事に選出されるような事態に至れば、彼に票を投じた大阪府民に疑問符を投げかけたいと、無責任なことを、「アスパラ」に書いたことがありました。
昨日の東京都議会議員選挙は大方の予想を上回る自民・公明の圧勝に終わりました。都民有権者も勝ち馬に乗りたい人、安倍のミックスにあやかりたい人たちだったのでしょうか。共産党が倍増躍進を果たし都議会第三党になり、民主は壊滅的打撃を蒙り、地に堕ちた感があります。安倍、石破、山口等、両党幹部らの嬉しさを押し殺した「したり顔」は、見たくもありません。来月の参議院議員選挙には、このような流れ、風潮、勢いは、法治国家の基盤をより強固なものにし、恒久平和を希求する日本国民として、国民の手にある「憲法改正」という「伝家の宝刀」を、権力の側に絶対に渡してはなりません。
 

しっかりした議論を

 投稿者:仁田  投稿日:2013年 6月16日(日)20時19分10秒
   爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
 現政権は、「強い国、日本」を標榜して憲法改正にまっしぐらな様子ですが、平和憲法を謳う現憲法を変えたいということの主旨は、どこからどうみても「戦争ができる国」にしたい、しようという意思を表明しているとしか解釈できません。
そのために96条を手始めにしたい、という主張は『この規定があると思うままにふるまうことができないから、もっと規定を緩くしょうよ』という論理に他なりません。言ってみれば、悪いことをしようという人間、たとえば空き巣を企てた人間が、戸締りが厳重すぎて空き巣に入ることが難しいから、もっと警戒を緩めて生活するよう法律で決めようよ、と言っているようなもので、言葉は悪いようですが「盗人猛々しい」論理であると言う他はないでしょう。

 仮に憲法を変えたいというのであれば、憲法の規定に定められた枠の中で手続きが行われるべきで、規定そのものを緩めてしまうということは順法の精神に外れた行為である、というのは小学生にでもわかる理屈であるはずです。
 昔ソクラテスが『悪法も法なり』と従容として毒杯をあおって自害したという例をひくまでもなく、順法の手続きを踏むことがまずもって優先されるべきだということは、法治国家の大前提であるはずです。
 そのような基本的な理解もできない、もっと言えば基本的な理解を度外視してでも変えようというのは、あまりにも乱暴で子どもじみているとしか言えないでしょう。

 現憲法の定めである“3分の2以上の賛同”が得られないということであれば、それは多くの人(国会議員)が『変えるべきではない』と考えているということ。逆にいえば、変えたいと主張する人の主張そのものが否定的にみられているし、変える必要がないものだととらえられているということでしょう。
それを無理にでも変える、ということは暴挙以外の何物でもないでしょう。
聞く所では、与党の議員の中に『96条の規定を緩和しなければ、国民が憲法を改正したいという意思を表明する機会や場を失ってしまう』と奇妙奇天烈な言い方をする人もいるようです。しかし、いつ国民(一般市民)が『憲法を変えて欲しい』などと言ったのでしょうか。憲法改正を言い出したのは、安倍氏を党首とする現自民党ですが、多くの国民は『そんなことまで期待してはいなかった』『そんなことを頼んだ覚えは無い』と思っていることでしょう。

 高い支持率を背景に(なぜそんなに支持率が高いのかも不思議なのですが)、きわめて薄っぺらで表層的、しかも個人的な思惑でさまざまな政策を矢継ぎ早に打ち出している安倍政権ですが、深みのないそうした舵取りが国民に大きなツケを負わせることになるだろうということに国民が気づかないはずはないだろうと淡い期待を寄せてはいますが・・。
そんな中、憲法96条条改正に反対する憲法学者らが「96条の会」を発足させて、一昨日都内でシンポジウムが催されたと報じられました。
しっかりした議論をもって、この右傾化の動きに抗していかなければ子や孫の代に禍根を残すことになるはずです。こうした法学者の専門的な知見を得て、何とかこの危機的な状況を脱することができれば良いが、とかすかな灯りを見る思いがしました。
 

看過できない政治の行方

 投稿者:爺河童  投稿日:2013年 6月14日(金)12時38分23秒
  今朝の「朝日」の「かたえくぼ」投稿欄に、『三本の矢』に対抗して、
=成長戦略三本のイヤ=  改憲、増税、物価高、 ―「庶民」――と出ていました。
恐らく国民の大半はこの「庶民」に同感するはずです。ところが、メディア各社から発表される「世論調査」は、現政権支持、与党支持、成長戦略賛成など、弱者、庶民、一般家庭の実態、実感、感情からは大きくかけ離れた結果が出されているように思います。もとより「世論調査の結果」には懐疑的な私ですが、夏の参議院議員選挙を目前にして、「世論調査」が「世論操作」や「世論誘導」に利用されかねない懸念を抱いています。
日ごとに安倍政権の「正体と本音」が明らかになりつつあります。
「改憲」:権力の暴走を抑え、国民の権利、安全を守るためにある『現憲法』を、圧倒的多数派に支えられた権力の手で、いつでも思うがままに都合よく代えようとする魂胆が見え見えです。「現憲法」は、草案から制定に至るまで、「占領軍米国」の主導で行われ、「天皇制維持」との妥協の産物として、いわば押し付けられた「憲法」と言い伝えられています。太平洋戦争を巻き起こし、周辺国家に甚大な被害・損害をもたらした「日本帝国」に猛省を促し、同時に「日本帝国」の再生・再来を防ぐために策定された憲法だと思います。軍隊を持たず、二度と戦争を起こさない、起こさせない、との誓いが込められ恒久平和を希求する、世界には存在しない 『平和憲法』です。「ノーベル平和賞」受賞の権利があるのは、日本の「現憲法」ではないでしょうか。
「従軍慰安婦」「南京大虐殺」「毒ガス731部隊」「領土問題」などの歴史問題は、自民党が与党になるたびに、首相初め閣僚、議員、地方議員などから、「舌過事件」として、必ず醜い頭をもたげ、国際社会に日本の幼稚さを曝け出し、顰蹙をかいつづけています。「真珠湾奇襲攻撃」「原子爆弾投下」「戦争責任」をふくむ「現近代史」の歴史教育は彼らにとっては、一体どうなっているのでしょうか。『福島原発事故』の収拾がつかない現状において、安倍政権は「原発推進政策」を強行しつつあります。困ったものです。


 

困ったものです

 投稿者:仁田  投稿日:2013年 6月 9日(日)10時56分37秒
  爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
まさにおっしゃる通りだと思います。
2ヶ月ほど前に、参院選で勝利することは『祖父の仇を討つこと』だという趣旨のことを安倍総理が発言したことがあります。そのような個人的なことを国政に持ち込み、その思いを実現することを政治家としての使命とし、それで国を牽引するという認識を持っていることを知り、大きな違和感を覚えました。小泉首相の郵政民営化もそうでしたが、祖先のこだわりを子孫である自分が引き継ぎ実現することに使命感を持つことに異存はないのですが、国民と国をそのような個人的なことに「引きずり込む」のはいかがなものか、と思わざるを得ません。そんなことは家庭内でご自由にどうぞ、と国民の多くは思っていることでしょう。
それは今回の(というより第一次安倍内閣からの“悲願”である)憲法改正でも事情は同じで、岸・佐藤両内閣の思いを何とかして実現したいと遮二無二突き進む愚かしい姿からも見えます。困ったことに、マスコミがまた世論を形成してそれを煽り、中には世界最古の憲法になろうとするほど“古くなってしまったのだから”現状に合うように変えるべきだ、などという理屈にならない理屈を大義であるかのように吹聴し、おもねるように主張する向きもあります。
もともと平和希求と人権尊重を阻害する動きが出てくることを怖れ、「軽々に変えてはならない」というブレーキの役目を持たせた憲法ですから、それを変えようということは、戦争ができる国、人権を軽んじる国にしたいという動きとしか読み取れないはず。
そうしたいわば「改悪」を推し進めようとしているのだ、ということを国民は見抜かなければならないはずなのですが・・・・。
後世に禍根を残さないために、政権の「正体と本音」をしっかりと見極めなければならないでしょうね。
 

憲法96条の改悪阻止

 投稿者:爺河童  投稿日:2013年 6月 7日(金)23時11分54秒
    満州国傀儡政権の商工大臣、戦争遂行の責任を問われA戦犯容疑者として逮捕されるが、日本の赤化防衛という米国の思惑により、悪運強く不起訴となり、公職追放となるも、直ちに起き上がり、政界に復帰、保守王国を支える自民党の幹事長を経て、遂には内閣総理大臣に登りつめた。      今に引きずる不平等条約「日米安保条約」締結に奔走し、安保反対の嵐の中で、ついに退陣に追い込まれた「昭和の妖怪」岸信介を祖父に持つ、孫の安倍普三が、まるで、天下をとったかのような、鼻息の荒さで、「三本の矢」とやらを放ち、ふざけまわっていると、私には映ります。      しかしながら、彼の最終の目標は、いや、ひょっとしたら、目先の目標かもしれませんが、「平和憲法」を蔑ろにして、「明治憲法」への回帰にあるようです。怖いことです。これほど恐ろしいことはありません。そのためには先ず、現憲法改正要件がうたわれている『憲法第96条第1項』の改悪を目論んでいます。夏の参議院選挙で、与党の圧勝を企てています。怪しげな横文字「アベノミクス」もそのための道具のひとつではないでしょうか。                       有権者は、子の代、孫の代、ひ孫の代まで熟慮して、今回の選挙権を行使すべきだと思います。選挙権を得て以来今日まで私が選んだ人のなかには、保守本流議員や保守系候補者は一人もおりませんでした。マスコミ、マスメディア、の動向もおおいに気になるところです。
 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2013年 5月30日(木)00時00分57秒
  爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
可能な限り、冷静・客観的に日本の現状を看取りたいと思っているはいるのですが、どこからどう見ても「頼もしい政治の状況」とは対極にあるとしか思えず、危うさばかり感じさせられ、あの未曾有の大震災(多くの被害と犠牲を被ったにもかかわらず)から何を学んだのか、と叫び出したい気持ちをおさえることができません。
つい先ほども『アベノミクスについて思う』と題した批判めいたブログ記事を書き上げ、投稿したばかりです。
経済政策についても教育政策についても、はたまた外交や歴史についても深い哲学や理念が窺えない現政権で、安心どころか憂慮せざるを得ない一市民としては慨嘆するばかりです。
『無私の日本人』に記されているように、日本人はコアにもっとすぐれた資質を持っているはずなのですが、どうしてもその方向に向かいたくないという人々がいるということが残念でなりません。生き方にかかわる価値観の問題ですので、個人的にどういう考えを持っていても良いとは思いますが、国の行くべき方向を「個人の思い」だけで語り決定していくというのを看過してはいけないのではないかと思っています。
歴史認識問題にしても、領土問題にしても、憲法の問題にしても「個人の思い」という次元でのみ語られているようで民主社会の危機と言っても過言ではない状況に思われ、「困ったものだ」では済まないような気がしています。
それでも嘆息するしかない非力な一市民は、犬の遠吠えよろしくせっせと拙い文章を綴って訴えるばかりです。
いつもこの掲示板をお読みいただき感謝にたえません。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

「無私の日本人」への思い

 投稿者:爺河童  投稿日:2013年 5月29日(水)11時28分17秒
   仁田先生の「日記独り言」には、ご専門の音楽理論、教育論はもとより、先生の矜持、信条、信念、お家族や仲間への暖かい眼差し、弱者への思いやりが溢れています。一方、極右政治屋集団、彼らにおもねる「有識者会議」、「○○委員会」、への痛烈な反駁・反論・反対意見はことごとく正鵠を得て、読者の一人として、その都度「溜飲が下がりっぱなし」の嬉しい状態が続いております。

 話は少々遡りますが、1月13日付けの「日記独り言」で、ご推挙頂いた「無私の日本人」を、このほど漸く読み終えたところです。実は、近隣の書店では見当たらず、4月初めに、念のため 「牛久市図書館」にこの本の蔵書の有無を確かめましたら、曰く、今、順番待ちの状態で、私の番はなんと5番目だと言われ、その日が来るのを待つことにしたわけです。さらに、私の後ろには、まだ数人の人が順番待ちで待機中とのことでした。

★牛久市内にも、『無私の日本人』に関心を持たれている読書人が、これほど多いことに驚くと同時に、現政権の行く末に憂慮する同輩の存在に心強く思いました。
★著者の磯田道央氏の作品を読むのは今回が初めてでしたが、その弱者を見つめる視座・視線そしてその筆致は、司馬遼太郎を髣髴とさせる温かさに溢れていました。
「無私の日本人」には、清く正しく美しく生きた「真の日本人」、三名の実話が小説風に綴られています。その中でも、最初の「穀田屋十三郎」は涙なくして読み進めないほどです。 “今から240年前、東北の片田舎で奇想天外な「企て」がなされた。仙台近くの「吉岡宿」が伊達藩62万石に千両を貸し付け、その利息(利足:年一割)を伊達藩から受け取り、村の衰亡の危機を乗り切ろうとした。年貢のほか、宿場ゆえに人馬も強制的に徴発される理不尽さに対抗しようとした。”これが話の主旨です。
★封建制度、身分制度が極めて厳しい江戸時代に、身分の最も低い層が最も高い身分の藩主に「金を貸して利息を取る」というまさに資本主義の原点を「穀田十三郎」たちが考え出しそれを実行した話です。
★資本主義といえば、当時の仙台藩は近隣の宿場・農家から常時強制的に「米」を徴収し、消費地の江戸・京都・大阪へ売りつけて、藩の財政を維持してきたとされています。
★「アベノミクス」で浮かれ、憲法改正を唱え気炎を挙げている、安倍政権並びに付和雷同的に追従する政治屋群、マスコミ上がりの政治坊や、肩書きは小説家の「暴走老人」の暴言・暴挙で揺れる「日本維新の会」の面々に、まさに、彼らとは対極にあった「無私の日本人」で描かれている人々の思いを、知って貰いたいものです。

★ 現在の吉岡宿について:(某氏の紀行ブログから引用)
旧奥州街道71番目の宿場・吉岡宿の入り口にたどり着いた。「なごみ」と看板のかかった派手な外観の居酒屋の角を曲がり、吉岡宿に入って行くと、すぐ右に浄土宗の九品寺があった。山門前には石仏が並んでいて、境内は静かで落ち着いた佇まいであった。

吉岡宿の志田町の街並みの少し先の右手に、曹洞宗の宝珠真っ直ぐ進んで丁字路で右折して、すぐに左折する。吉岡宿の桝形である。ここからは、上町となる。上町は、本陣や検断屋敷があったところである。

吉岡宿は元和元年(1615)、伊達政宗の三男伊達宗清が3万8千石で吉岡城を築城、城下町として整備された。吉岡宿は奥州街道の宿場町としても整備され、本陣や伝馬役など置かれる要地となり、奥州街道以外にも出羽街道など四方に枝道が広がる交通の要所として多くの物資が集められた。


★「無私の日本人」を、ご推薦いただき、有難うございました。

 

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