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カネまみれ安倍政権

 投稿者:爺河童  投稿日:2015年 4月 2日(木)23時47分49秒
  今年度の国会両院予算委員会のTV中継を散発的に観た上での極めて限定的な意見ですが、貴重な時間の大半を、姑息で陰湿で汚い「税金の争奪戦」に費やしたとの印象を拭い去ることが出来ません。お手盛り、ザル法の「政治資金規正法」、「国から補助を受けた企業からの1年間の寄付・献金禁止」など何の歯止めにもならない法がある限り、この問題は永遠に続くものと思われます。

そこで、共産党も主張している、「政党助成金制度の廃止」「企業献金の廃止」をはじめとして、「国からの補助を受けた企業、機関、組織等からの寄付・献金の無期限禁止」、「政治資金パーティの禁止」「衆・参議院議員数の半減」などの実現に向けて、野党は一致して、戦う姿勢を示すべきです。

安倍首相、安倍政権が、なりふり構わず、がむしゃらに突き向かう先は、天皇を頂いた戦前の好戦的日本の醜い姿そのものではないかと思われます。
換言すれば、目の上のたんこぶ、邪魔な「平和憲法」を「自民党案」に沿って骨抜きにして、「明治憲法」もどきへの回帰でしょうか。

憲法改正には手続きに時間がかかるとみて、「積極的平和主義」「特別秘密保護法施行」「集団的自衛権行使容認」「八紘一宇」「我軍」「教育改革」「日米安全保障制度強化」「普天間基地辺野古沖移転促進」「メディア恫喝」「NHK支配下」など、野党の存在、反対派の存在など目もくれず、次から次へと、外堀から、搦め手から、なし崩し的に攻勢をかけているように映ります。
現政権の暴走を食い止める手は、先ず、今月末に行われる、統一地方選挙への
一票の投じ方にかかっていると思います。

「訂正」
前回の投稿 ”つくば万博から30年”で、「プロフィール」と書きましたが、「ブログ」の誤りでした。訂正して、お詫びいたします。

 
 

つくば万博から30年

 投稿者:爺河童  投稿日:2015年 4月 1日(水)11時54分51秒
  ■「つくば万博」から30年 : シンセ・オーケストラ演奏の記録。

仁田先生率いる茨大教育学部付属小学校の5年生、6年生の生徒のみなさんが、「つくば万博」の開会式で、皇太子殿下・美智子妃殿下・礼宮さんらが見守るなかで、シンセ・オーケストラを演奏された由、その時の模様が昨日の出来事のように詳細に記述され、当時のスナップ写真10数枚が「日記独り言」に、そして臨場感満載の「動画」が、「プロフィール」にアップされています。
38歳前後とおぼしき若き仁田先生の颯爽としたタクト姿をはじめ、真剣な面持ちで演奏されるみなさんの雄姿を窺い知ることが出来ます。
恐らくは、この貴重で懐かしい掲載を契機に、出演された皆さんたちと、「同窓会」のような集まりが企画されるのではないかと、思っています。

香港駐在が決まっていた43歳の私は1985年4月7日、台湾の台北にあった、投資先・技術提携先会社に立ち寄った後に、香港の海外会社に着任しました。従いまして。「つくば万博」には足を延ばす機会がありませんでした。

香港での駐在生活は7年の長きになりましたが、仕事の合間には、属していた「香港日本人倶楽部合唱団」で、香港在のオーケストラ、香港オラトリオ合唱団、などと協同し、「香港・日本連合慈善音楽会」を開催、入場券の売り上げすべてを、香港の福祉施設へ寄付する活動をしていました。ベートーベンの「第九」をはじめ、フォーレの「レクイエム」、内外の楽曲、更には、年ごと、日本から招聘した「五十嵐喜芳氏」や「島田裕子さん」らの単独ステージなどを組み合わせてプログラムを組んでいました。この企画も約20年間続いたのちに、予算の減少、駐在員の減少に伴い、打ち切られたと聞いていますが、私の駐在時代の貴重な経験として、残っています。





 

カネまみれ?利己政権

 投稿者:仁田  投稿日:2015年 3月18日(水)20時38分46秒
  爺河童さん、書き込みをありがとうございました。
どうにも呆れかえって言葉もありませんが、NHKの籾井会長は自分の立ち位置について認識を誤っているとしか言いようがありません。私的な用件(ゴルフ)で使用したハイヤーの乗車賃を「自分で支払った」と弁解していますが、そもそもそれに先だってNHKに請求書が届くということ自体が問題であるはずです。支払う意思があるのなら、ハイヤーを利用したその日に自腹で支払っているはずです(それが通常ハイヤーやタクシーを利用する際の当然の行為)から、業務で使用したことにできると甘く見ていたのではないかと思われても致し方のないところでしょう。こうしたカネにまつわる話が、与野党のみならず国の行方を司る人々に多すぎて、いったい誰のための政治かと疑わしくなるような思いで見ています。
少なくても第二次安倍政権から小渕優子経産相、松島にどり法務相、宮沢洋一経産相、江渡防衛相の問題があり、第三次安倍政権になってからも多くの閣僚の政治資金規正法違反が発覚、加えて下村文科相の不正会計疑惑が続いて持ち上がり、これまでであれば4回も5回も内閣が倒れても不思議ではない状況に陥っています。
それでも、国から補助金を受け取っている企業だということを『知らなければ』責任は問われないと開き直るかのように首相が答弁。自分たちに都合の良いように法を解釈し、その一方で国民には「法を遵守する」ことを求めるなど、もってのほかとしか言いようがありません。そもそも
自分から『袖の下とわかっていて受け取りました』というはずもなく、知らなかったと言えばそれで良し、と言うのであれば、万引き犯ですら『万引きすることが罪になるとは知らなかった』から無罪だと主張するのと変わりがないということにもなりかねないはず。
国や国民のために汗する人々ではなく、自分たちの懐を肥やすことに汲々としている議員諸氏の様子を見て、この国の子どもたちが『良い国に生まれて良かった』と誇りにできるはずもなく、
国を誇れと言うならまず自分たちの姿勢を正すことから始めてもらいたいものだと強く思うと同時に呆れかえっています。

呆れろと言えば、自民党の三原じゅん子参議院議員が『八紘一宇は日本が建国以来、大切にしてきた価値観』だとし、八紘一宇の理念の下に、世界が一つの家族のように助け合えるような経済、税の仕組みを運用していくことを、安倍総理こそが世界に提案すべきだと発言したと報じられていました。NHKの籾井会長、作家の百田尚樹氏その他の偏った考えを持つ人々も含めて、
このような発言を“臆面も無く”“あたかも正論のごとく”、しかも国会という公の場で言い放つ人物が出てきたということは、取りも直さず右傾化を急ぐ安倍氏が政権をとったことがもたらした重大な危機だと思われます。
「八紘一宇」が侵略や植民地支配を美化し正当化するために使われた言葉であり、この言葉に『やはり日本はかつての姿に立ち戻ろうとしているのか』と恐怖と反発を覚える国々は多いはずで、他国を刺激することに何の痛痒も感じなくなってしまった“戦争を知らなすぎる世代”の台頭に、愚かさを感じざるを得ません。こうした見境のない発言が続けば、戦後70年にわたって平和維持のために尽くしてきた日本の努力が水泡に帰してしまうことは火を見るより明らか。
ドイツのメルケル首相が、戦後70年の談話について、戦前・戦中の日本のありようについての
反省を踏まえるべきだとクギをさしたのも、現在の日本の状況を憂えてのことだろうと思います。残念なことですが、日本が世界の中心となってリードしたいという安倍氏の思いも、それを忖度するかのような各界の偏った論説も、さらには国益を優先して国民は二の次という政治の動きも、原発再稼働や経済活況を求める動きも、どれもこれも権力を握った者の懐を肥やすための方策としか思えず、反対意見を持つ者に対しては圧力をかけたりカネで黙らせたりしてでも実行するのだという余りにも「わかりやすい」姿しか見えてこず、まっとうな政治はどこへ行ってしまったかという思いで一杯になります。
その最たる例が、沖縄翁長知事の再三の面会要求を拒絶する官邸の姿勢で、これが公正・公平な内閣のあるべき姿だと考えているとしたらとんでもないことだ、と憤りすら覚えます。翁長知事と意見交換することを拒否するということは、翁長知事を選出した沖縄県民の民意を無視するということにほかならないからで、このようなことが平然となされるとしたら、いつ国民全体をそのように処遇するか知れたものではありません。国民にとっては「他人事」ではないはずで、これを傍観視したり看過してはいずれ自分たちにも降りかかるに違いありません。
論点がずれてしまいましたが、国は政権をとった人たちのものではないし、彼らの私腹を肥やすための道具ではないはずだが今まさにそうしたことが目前で展開されているのだ、と知る必要はあるはずです。カネと欲で国がうまく治められるはずもなく、望ましい国になるためにまず政官が自らの姿勢を鏡に映して見直す必要があるはずだと思うのですが、いかがでしょうか。
 

NHK会長とNHK経営員会

 投稿者:爺河童  投稿日:2015年 3月16日(月)23時08分11秒
  ETV2001年問題(政治介入による改竄が問題視されたNHKのETV2001「戦争をどう裁くか―問われる戦時性暴力」(2001年1月30日放送)以来、政治とNHKとの関係、NHKとNHK経営員会との関係に関心を持ち、その推移に興味を持って見てきました。戦争責任問題、従軍慰安婦問題、放送法、言論・表現の自由、政治介入、NHK内部組織、経営員会のNHK会長・役員の任命権・罷免権などに関連するからです。

今日の朝刊三面に「私用の車代 NHKに請求」、広告欄に“皆様のNHKが俺様のNHKになった日”(週刊現代)そして、日経新聞には“ NHKの籾井勝人会長が1月2日、私的にハイヤーでゴルフに出かけた際の乗車代金がNHKに請求されていたことが15日、明らかになった。籾井会長は後日、代金を支払ったという。NHK経営委員で構成する監査委員会が籾井会長ら関係者に事情を聴いている。 関係者によると、内部通報で発覚。籾井会長はお金を当日は支払わず、NHKがハイヤーの会社からの請求に基づいて代金を処理したという。会長は「自分で払う」としていたとされるが、実際に支払った時期は内部通報の後とみられる。“
偶々、TVのリモートコントロ-ルのボタンを押していましたら、NHK第一の参議院予算の国会中継に遭遇しました。丁度、参考人招致で呼び出された籾井会長が顔を紅潮させ、しどろもどろの返答を繰り返していました。民主党の小川敏夫氏の鋭い質問、「政府が右と言っているのに、左とは言えない」「アベノミクスの国民のインタビューについての報道の政府より」「私用ハイヤー代のNHK払い」。

今国会も安倍首相から閣僚のほぼ全員、そして野党の岡田代表に至るまで、政治資金規正法違反と見紛う「税金くすね」「税金還流獲り」「会費の寄付化け」などが次々と明るみに出て、嘗て、「日本国民と経済は一流、だが、政治は三流」と どこかの国から揶揄されましたが、まさにその通りの情けなさに、ただ、唖然、茫然、憮然とせざるを得ない有様です。
昨年「号泣兵庫県議」が国民の失笑を買い失脚しましたが、現国会議員も似たり寄ったりの体たらく、一円でも多く、自己資金を蓄えよう企む姿、汲々とする姿に、最早、どのような期待をかけられましょうか。

昨年安倍首相の肝いりで颯爽と登場した籾井会長も、NHKの会長反対派の内部告発によって、くすねようとした数万円のハイヤー代の代償が、命取りになりそうな気配です。NHK経営員会の会長罷免権の取捨が待たれるところです。


 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2015年 3月 9日(月)17時14分49秒
   爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
 このところ鬱々として愉しめない日々を送っていますが、それは連日の報道で政府が次々と打ち出す「おぞましい提案」に苛立ちを抑えきれないからだと自覚しています。
 防衛省の文民統制を緩めようという意図があからさまに見える「背広組」と「制服組」の立場を対等にしようとする動き、自衛隊の活動範囲を広げようとする動き、後方支援をめぐる恒久法の議論等々、どれをとっても軍国主義への復活を視野に入れてのことで、専守防衛をうたった日本にとって、あってはならない方向を政府がめざしていることが誰の目にも明らかで、暗澹とした気持ちにさせられるからです。

 昭和前期に「統帥権」が確立され、軍に対して口をさしはさむ者を「統帥権干犯者」として恫喝するような膨張を許し、他の三権(立法・行政・司法)から独立するばかりか超越したものだとみなすような拡大解釈をなすまでに増長し、軍部が自己肥大化して暴走することを許してしまうまでの経緯を今まさに目の前で見ているような気がしてなりません。将来の日本を想像すると、恐ろしさと憤りを禁じ得ませんが、不思議でならないのは誰もそうした動きを制したり反論しようとしたりしないことです。自民党であっても、かつては主流派と反主流派が激しく批判し合い、うまく落としどころを探ってバランスをとってきたはずですが、今や反主流派も声をひそめてしまっている感があります。
 マスコミも声高に反論する気配が希薄ですし、まして市民もそうした動きを控えてしまているように見受けられます。昭和中期の学生運動が盛んだった頃のことを振り返ると隔絶の感があり、民主主義そのものが形骸化してしまったとも感じられます。
 そうした市民の姿を見て「御しやすし」ととったかのように、選挙権を18歳に引き下げを主張するのも政権の驕としか思えません。
 現政権の危険性を考えると、その動きから目を離すことはできませんが、それでもこの政権の動きを報じるニュースに接する度に「心がざわつき、穏やかならざる心持ち」になってしまい、ニュースを敬遠したくなってしまいがちです。
こんな日本になってしまうということをほんの10数年前には考えもせず、あっけらかんと平和を享受していたことがまるで夢のような思いで振り返っているこの頃です。
 同じ思いで日々お過ごしの方も多いのではないでしょうか。決して私だけの思い出はないと思うのですが・・・・・。

 

不沈戦艦武蔵発見

 投稿者:爺河童  投稿日:2015年 3月 6日(金)21時06分1秒
   先般は井澤修二氏と「唱歌」の関わりから 現政権に絡む政治問題にまで発展しましたが、「国力の増大のため国民を教化することが急務であるという国家の意思を体現すべく、後には国家教育社を創設して忠君愛国主義の国家教育を主張した人物」 とのご指摘に、納得させられました。
 現憲法の制定以来、政権側は「国民主権」を忘れ去り、国民を「無識文盲ノ民」と、お上目線で、上からの目線で見下しているように思います。安倍政権の最終目標は明らかに「憲法改編」にあるようですが、本末転倒もいいところです。手始めに、憲法解釈を思うがまゝに展開し、日本の国を、いつか来た道へ突き戻し、戦争が出来る国へと導きたいのでしょうか。
 現政権の暴走ぶりに歯止めをかけなければと思いながら、国民から選ばれた首相だから「俺の言うこと、やることを聞け」とばかりに開き直られては、血圧も上がりっぱなしの状況が続いています。

★「不沈戦艦武蔵」発見
一昨日の「朝日川柳」に < レイテより戦争放棄のメッセージ >とありました。
皮肉なもので発見したのは、戦勝国米国の富豪ポール・アレン氏で、映像には船首部分に、大日本帝国陸海軍の大元帥、天皇家の紋章「菊花紋章」が紛れもなく、くっきりと映っています。「戦後70年談話」を構想中の安倍政権にとっては、寝た子を起こされた以上の「青天の霹靂」ではないでしょうか。
撃沈された海域では、毎年、慰霊祭が行われていたと仄聞しますが、日本政府による「武蔵」の捜索計画は一向に聞かれず、また、水深7,800メートルの深海探査が可能とされる「江戸っ子1号」による発見ではないところに、技術大国としての面子のなさを露呈してしまったとも言えそうです。



 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2015年 2月27日(金)22時24分59秒
編集済
   爺河童さん、この掲示板への書き込みをいただきありがとうございました。
 川柳をご紹介いただきましたので、私も川柳を。

   『矢が尽きて 意味の分からぬ野次飛ばし』

 先日、フロイデの練習を終え帰宅途中の車中で聞いたラジオで放送されていたものです。
 西川農相の献金問題に関する野党の追及にたまりかねて『日教組はどうなんですか』と
自分の勘違いでしかない野次を飛ばした首相を皮肉ったものです。後に事実誤認であったことを詫び、謝罪はしたものの、こうした偏見に基づく偏った政策の実現に前のめりであるとしか見えない現政権の姿を見るにつけ、“気は確かか”と不信の念を抱かざるを得ません。
 であるにもかかわらず、その偏った姿勢を批判することもせずに、まるでおもねるように追従したり、ここぞとばかり過去を憧憬する意見を「もっともらしく」主張する勢力も勢いを増している現状を見るにつけ、暗澹たる気分に誘われ鬱々とせざるを得ません。

 伊沢修二が明治期の学制発布以来、学校教育に音楽(唱歌)を導入したことの功績は大きなものですが、一方では大久保利通の著した「政府ノ体裁ニ関スル建言書」に記された『マズ無識文盲ノ民ヲ導クヲモッテ急務トスレバ、・・・・教化ノ道ヲ開キ学校ノ制ヲ設クベシ』で明らかなように、国力の増大のため国民を教化することが急務であるという国家の意思を体現すべく、後には国家教育社を創設して忠君愛国主義の国家教育を主張した人物でもあります。
 戦後生まれ変わった民主国家としての日本では、「国民が教育を受ける権利」を有するものとして「国民のための教育」を保障してきたにもかかわらず、第一次安倍政権が教育基本法を改め「教育を受けるべき存在」として国民を位置づけ、あたかも国家のために教育を施すという、明治期以来の教育方針に立ち返るように国民主権の重要な部分を書き換えてしまいました。

 この政権の恐ろしさは、「積極的平和主義」とか「責任野党」といった“もっともらしい”言い方で国民を惑わし納得させ、富国強兵による世界に於ける優位をめざそうとするところにあると言って良いでしょう。
 折しも中国や韓国・北朝鮮との関係がうまくいかず、その上イスラム国によるテロの脅威が世界を震撼とさせる事態が起き、ここぞとばかりに「戦える国」を志向する良い口実ができ勢いづいているようにも見えます。
 イスラム国に二人の邦人が拘束され、その解放と引き替えに多額の身代金を要求された折に、菅官房長官は『交渉する意思はない』と言い放ちましたが、これはアメリカの意思を尊重し、国民を守ることよりそちらの方が大事だと表明したことに他ならないでしょう。 沖縄県の翁長知事が幾度も官邸を訪れ面会を申し込んでも会おうとせず、一方で“粛々”と基地の辺野古移転の作業を進めるというのも、県民や国民の意思よりもアメリカの意思を重視するという姿勢の表れと受け止められても致し方のないところでしょう。
 どうやら「国民のために国がある」という民主国家のあり方に我慢がならず、「国家のために国民がある」のだという敗戦以前の国家に憧憬を抱いているかのように思われます。

 富国強兵をめざし、“平和の実現のために戦える国”を志向するのは、どうやら「世界の警察」を自認するアメリカのような位置に日本を置きたい、そして世界の中で大きな発言権を得たいという願望を隠し持っていることを窺わせます。そのためには自衛隊を軍隊として位置づけたいし、武器も開発したい、開発した武器を輸出もしたいと願っていることは、これまでの動きで十分察しがつきますし、さまざまな政策や法案が矢継ぎ早に決定されてきたことも、そう考えると納得が行きます。
 であるにもかかわらず、まるで政権の思惑を忖度するかのようにマスメディアも批判するペン先を鈍らせ、あたかも同調するかのように動きさえ見せていることに困ったものだと思わざるを得ません。
 あの悲惨で愚かな太平洋戦争に国民がこぞって熱狂し、なぜ無謀にも突入してしまったのか少なからず疑問を抱いていましたが、いま現在の我が国の状況を見ると『こういうことか』と腑に落ちる部分も少なくありません。

  アジア各国に侵略の手を広げ、多大な損害を与え苦境に陥れ、その上自らも大きな犠牲を払った挙げ句敗戦を喫した際に、国民の多くは『国にだまされた』という思いを抱いたということですが、国にばかりその責を求めるべきではないはずです、熱に浮かされるように拡大を喜んで受け容れ、戦うことを支持した国民もその責任の一端を担う必要があったはずです。侵略すること、戦うことで殺し合いをすることを「よきこと」と認め、支持したということは、「判断を国に預け」たということに他ならず、批判精神を棚上げにしたり放棄したりしたこと、すなわち個人としての考えを表明しなかった、あるいはできなかったということに違いないからです。

 近頃は、周辺各国との関係改善がうまくいかず、イスラム国をはじめとする紛争地域のテロ集団の脅威に世界中が震撼としていることを理由に、『かつてのように、平和主義をかかげて日本だけがカネを拠出すればそれで良いとするのは、いかがなものか』といった論説が、あたかもまっとうな見解であるかのように語られる様子も窺えるばかりか、勢いを増しているように見えます。
 そのような“もっともらしい”言い方や考えに惑わされることなく、自己の考えを確立して判断し表明することのできる「成熟した市民社会」であれば、先の敗戦で他人事のように『だまされた』などという憂き目にあうこともないはずです。
 まるで「八紘一宇」を掲げて世界に侵略の手を広げようとしたかつての日本を彷彿とさせるかのような現状を見るにつけ、この政権を選択した日本国民の「見抜く目」「見極める目」はいかほどのものかという思いを抱かざるを得ません。
 長々と書いてしまいました。最後に、また川柳をいくつか。

 ○安倍さんに竹槍もらう夢を見た
 ○最高のクールジャパンは不戦でしょ
 ○戦争をしないが自慢だったのに
 ○粛々とつまり意見はもう聴かず
 ○頼むからもうこどもらを死なせるな
 

文部省唱歌

 投稿者:爺河童  投稿日:2015年 2月26日(木)17時26分36秒
   今日は朝から冷たい雨が降り続いています。ご無沙汰しております「爺河童」です。

<粛々と世事にはぶれずお水取>今日の朝日川柳に出ていました。

従軍慰安婦問題で時の政権、メディアから、袋叩きに遭っている最近の「朝日新聞」の社説、論調、天声人語、などを一読する限り、従来のような鋭さや勢いが感じられませんが、平成27年2月25日(水)付けのコラム「天声人語」に眼が留まりましたので、ご参考までに引用します。
「唱歌教育のためにまとめられた明治初期の報告書に、次のような“音楽と人間形成” をめぐるくだりがあるそうだ。幼い頃から長調で教育された者は勇壮活発の精神を発揮するのに対して、短調で教育された者は、柔弱憂鬱の資質をなすー▼渡辺裕さんの著書「歌う国民」に教えられた。富国強兵を掲げた時代は「長調的な明るさや勢い」を求めたのであろうか。  以下略」

―このコラムで掲げた「富国強兵」は、止まらない現政府の拡大志向、海外での自衛隊の活動の歯止めを次々に外そうとする積極策へと繋がり、<どうしても派兵をしたい首相持ち>(朝日川柳)、自民党の歌声ばかりが高くないか、の本論に迫って行きます。
さて、偶々昔購入して禄に読んでもいなかった渡辺裕著「歌う国民」を思い出し、該当する箇所を開いてみました。

Page18,19 「長調と短調」:-幼いころから長音階で教育された者は、「勇壮活発の精神を発育し、有徳健全なる心身を長養する」のに対し、短音階で教育された者は、「柔弱憂鬱な資質を成し、無力多病なる気骨」になるということであり、短調の曲が多い国は、未発達な国であり、先進的な国であればあるほど、長調の率が高いという、聊か怪しげな議論が展開されています。と、明治初期に出された、伊澤修二音楽取調掛がまとめたとされる「音楽取調成績申報書」に言及しています。
また、渡辺裕氏は、「歌う国民」で、「唱歌」は明治政府が富国強兵策として進めた、「国民づくり」のツールとしての音楽教育であったのではないかと結論づけています。

「文部省唱歌」は、1910年(明治43年)の『尋常小学読本唱歌』から1944年(昭和19年)の『高等科音楽一』までの教科書に掲載された楽曲。1910年代から尋常小学校で教えられた。なお、1900年代までの翻訳唱歌は「文部省唱歌」に含まれない。と、Wikipedia に出ています。
 

仁田先生作曲の[山巓幻想]を視聴しました♪

 投稿者:「牛久フロイデの混声合唱団」のバスのムーチョ  投稿日:2015年 2月12日(木)11時06分15秒
  youtubeにアップされた仁田先生作曲の[山巓幻想]を今視聴させて頂きました。

美しい山々の映像に大変マッチした大変素晴らしい曲に聴き惚れてしまいました!

仁田先生の音楽の書庫に沢山眠っている”素晴らしい音楽を楽しみにしております♪”

よろしくお願い申し上げます(^◇^)
 

”youtube”にアップありがとうございました♪

 投稿者:「牛久フロイデの混声合唱団」のバスのムーチョ  投稿日:2015年 2月 8日(日)17時11分59秒
  仁田先生、日記独り言を拝見させて頂きました。

仁田先生が管理されておられる「牛久フロイデの混声合唱団」のホームページは、小生の知っている限り、日本のどの合唱団のホームページより充実したものになっていると、いつも感じております。
ほとんど毎日の様に、仁田先生のホームページと「牛久フロイデの混声合唱団」のホームページを訪れて、今日は何か・・・等と期待しながら楽しませて頂いております。

この様な大規模のホームページの管理はとても大変だと、パソコンに疎い小生も分かります。

本当に、いつもお世話になり深く感謝申し上げます。

先程、Youtubeにアップされた仁田先生が指揮・編曲・伴奏を全て手掛けられた「牛久フロイデの混声合唱団」の全曲を大変楽しく視聴させて頂きました。

団員の一員として、結構素敵なハモリになっている様に感じられ、視聴していて懐かしくもありました。

今後も素敵な音楽を、どんどんとご指導をお願い申し上げます。

 

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