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同感です

 投稿者:仁田  投稿日:2017年 3月 5日(日)19時40分14秒
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  爺河童さん、書き込みをいただき、ありがとうございました。
いちいちコメントしていては、こちらの身が持たなくなるように感じられる、日本ばかりではなく世界各地で起きているポピュリズムとナショナリズムの嵐に、民主主義の負の側面の台頭が透けて見え、怖れつつ呆れているこの一年数ヶ月です。

近代民主主義を真っ向から否定するように差別と分断を進め、子どもじみた「アメリカ・ファースト」を声高に主張するだけで、志の高さや知性の深みが窺えないばかりか、ジャーナリズムのあるべき姿を否定するといった暴言や粗雑な言動が目につくトランプ大統領がある程度の支持を得ているアメリカ合衆国の現実に落胆を禁じ得ません。
そして、そのようなトランプ政権に、あたかも尻尾を振ってすり寄っていくように早々と「ゴルフ外交」をセッティングし、それを大成功だと自画自賛する安倍政権の外交姿勢に、なんとこの国のリーダーは“安っぽい”ことかと呆然としている国民は少なくないはずです。
ある報道では、その首脳会談の折に、安倍総理はトランプ大統領に「実はあなたと私には共通点がある」と言ったとされています。(以下引用です)
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怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。
「あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…」
これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。
「俺も勝った!」
トランプの警戒心はここで吹っ飛んだと思われる。トランプタワーでの初会談は90分間に及んだ。
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朝日に代表されるリベラル系勢力に勝った自身と、ニューヨーク・タイムズに代表されるマスメディアを一方的な主張で抑え込んだトランプ大統領とを重ね合わせてそう表現したのでしょう。
そのような“勝ち負け”といった低次かつ形而下的な論理と発想で、政治を語り、国際問題を論じ、ひいては国家としての展望、国民の生活を論じているのかと思うと、いっそう危機感を抱かざるを得ません。

安倍首相は第一次政権当初から「戦後レジームからの脱却」を主張し、矢継ぎ早に政策を断行してきました。「戦後レジームからの脱却」とは、つまるところ新しい日本のありかたを求めるものではなく、いわば戦前・戦中に強いノスタルジーを抱き、そこに帰っていこうとする「旧に復す」ことをめざしたものだと言えます。
そうした首相の出現を得て、戦後一貫して地道に活動してきた「生長の家」とそれに強い影響を受けて、いまや大きな勢力として虎視眈々として「天皇主権」に根ざした「国のために民がある」国体をめざす日本会議や神社本庁が“我が意を得たり”とばかり、その偏った主張を展開することに遠慮も怖れも感じなくなっているのでしょう。

超党派の国会議員で構成される「創生『日本』」という超党派の議員団体が、2015年5月に開催した研修会を録画したものがかつて注目を集めたことがことがあります。
ホームページによれば「創生『日本』」は「戦後レジームからの脱却」を理念としていて、そのためには憲法改正が成し遂げられねばならないと考える議員の団体のようです。
映像の中では、自民党の閣僚経験者が「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3原則はなくさないと」と発言していました。また別の議員は「尖閣、軍事利用しましょう」。首相補佐官は「いよいよ、ほんとに憲法を変えられる時が来た。これ以上延ばすことはできない」と発言し、いずれの発言にも、会場から大きな拍手が湧いたのです。そして安倍首相の姿もそこにあったのです。稲田防衛相も親の代から生長の家の影響を色濃く受けた生粋の右派であることは言うまでもありません。

敢えて非常に大雑把なとらえ方で言えば、戦後民主主義を厭う安倍首相の出現がナショナリストに力を与え、相互に(陰ながら目立たぬように)協働して戦前回帰を果たそうとしているだろうことは想像に難くありません。
そのため右派を標榜する人物が次々と発言の場を得、それがまたある一定の「なんとなくの支持」を獲得し、本来なら議論に値しないほどの議題であるにもかかわらず、気がつけばいつの間にか議論の土俵に乗せることも妥当だ、という風潮を生んでしまっているというのが、現在の日本を覆う景色のように思われます。
先日までNHK会長を務めていた籾井元会長、作家の百田尚樹氏、櫻井よし子をはじめとする人々が,まるで正論であるかのように時代錯誤な発言を繰り返しているのも、そうした事情に後押しされているからなのでしょう。
いま日本中の耳目を集めている松友学園の籠池泰典理事長についても、彼が日本会議の大阪支部長を務める役員であることを考えると、前時代の亡霊を見るような教育方針に納得がいきます。
しかし、どうやらここにきてそうしたナショナリストの緊張感の希薄な行き過ぎた言動が、むしろ逆に彼らの足かせになりつつあるようにも見えます。安倍首相の意向を忖度して先走った言動が却って問題を浮き彫りにし、リベラルなあり方を求める市民の違和感をめざめさせ、勝手放題はさせないという意識を醸成すると同時に、政権自体も前のめりで行き過ぎた姿勢を慎まなければという緊張感を持ち始めているように思われるからです。

それにしても政治の世界から形而上的な「理想を追い求め実現しよう」とする理念や哲学が姿を消し、単なる自己のこだわりを具現化しようとする姿勢ばかりが目につくのは、彼らが「政治家」ではなく、爺河童さんの言う「政治屋」だからなのでしょう。
悲しいことに我が国では、三権分立についてもしっかりと認識できていない政治屋が多いように見受けられます。とりわけ行政の長である首相自身が自分を指して「立法の長」だと発言するなど、その認識過誤に『気は確かか?』『学生時代に何を学んできたのか』と訝しく思うこともしばしばです。司法が行政府や立法府を監視することに十全な機能を発揮しない、できない状況をみるにつけ、本当の意味で三権分立が根づいていないとすら見えてしまいます。
その意味で司法がきちんと機能しているアメリカの国民は希望が持てるというものですが、いずれにしても政治家としての常識すらわきまえていない「資質の欠落」した政治家が日本には多いように思われます。

一強の政権が出現することによって、省庁も議員も地方行政組織も政権の思惑を慮り、忖度して、あってはならない不当な要求が通ってしまったというのが、このたび問題になっている松友学園の土地取得問題なのでしょう。
この問題に関しては、土地の格安取得だけでなく、教育基本法をないがしろにした偏向教育を施していること、さらにはそれに関して首相のみならず昭恵夫人までも関与していたことが疑われる問題など、いくつかの問題が絡み合っていますが、どれをとっても戦後民主主義を否定する政権の誕生が直接・間接を問わずもたらしたものだと言えます。
自分や妻は関与していないと、ことあるごとに反論している首相ですが、政権誕生時からこれまでとってきた政策や法の改訂、そしてなされてきた主張がこうした問題を生む背景にあるばかりか、深くかかわっているということを自覚すべきでしょう。

李下に冠を正さず、という箴言があるように、現政権は“緩み”や“驕慢”、“増長”を戒め、自身を律する姿勢について改めて見直し、銘記することが肝要ではないかとつくづく思うのです。書き始めたら止まらなくなってしまい、長々と書き連ねてしまいました。お許し下さい。



 
 
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