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ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2011年12月31日(土)10時33分45秒
  ブルーマウンテンさん、書き込みをいただきありがとうございました。
この一年間、フロイデの皆様には熱心に練習に取り組まれ、すばらしい成果を
あげられましたこと、敬服の至りです。
年を重ねるごとに、ハーモニーも表現も充実の度を増し、年ごとに新しい世界
が開けていくようで、まるで階段の踊り場にたどりついて角を曲がったらそれ
までと異なる彩りに満ちた別の階段が出現したかのような、新鮮な驚きを楽し
みながらこの4年間を皆様と過ごしてきたような気がします。
新しい年には、またステップアップした楽しみに満ちたMusicWorldが広がって
フロイデ独自の響きを生み出せるのではないかと期待が膨らみます。
新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。
よいお年をお迎え下さい。
 

この1年のご指導に御礼申し上げます。

 投稿者:ブルーマウンテン  投稿日:2011年12月30日(金)22時28分55秒
  仁田先生と奥様へ、
牛久フロイデ混声合唱団を代表して、この1年に賜りましたご指導に御礼申し上げます。
4年前に10人でスタートしたミニミニ合唱団でしたが、年々増え続け、今や48人の大合唱団に成長いたしました。
牛久市民文化祭シビックコンサートのステージにも、1年目13人、2年目21人、3年目34人、そして4年目の今年43人で出演しました。毎年文化ホールに見えているお客さんもこの成長ぶりに驚いておられるようです。
仁田先生には、日頃の練習指導のほか、次のイベントでは指揮と伴奏で大活躍していただきました。
3月の元気館慰問演奏、6月の「牛久沼ふれあい文化の集い」への参加、10月の「シビックコンサート」への出演、12月の歌いまくった大クリスマス会など。
先生は、音楽のプロという立場に、教育者の側面を加味されてご指導されるので、大変わかりやすく、魅力的になっているものと、常々感謝しております。
また、奥様にはご多忙の中、シビックコンサートでは素晴らしいピアノ伴奏をしていただきました。厚く御礼申し上げます。
来年は5年目を迎えます。思い出に残るようなイベントも検討したいと考えておりますので、その折には、またご指導とご支援をよろしくお願いいたします。
それでは、良い新年をお迎え下さい。
 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2011年12月 9日(金)20時08分17秒
  爺河童さん、聞き込みをいただきありがとうございました。
先日の練習の折に、合唱団の皆さんから情報をいただき、日頃からの疑問が
氷解し、『そういうことか』と納得することができました。
訊いてみるものですねえ。
なぜ竜ヶ崎市内の小中学校を卒業したはずの稀勢の里が牛久市出身とされて
いるのかについて、私なりにいろいろと想像し、もっとも正解に近いだろう
と予想したのが、相撲に力を入れていて環境が整っている学校が竜ヶ崎市内
にあり、牛久市から越境入学をしていたのではないかという解答でした。
そんな想像とは異なり、もっと現実的なことでそうなったのだということを
知り、読みが見事にはずれていたことに内心苦笑してしまいました。
それにしても爺河童さんがご指摘になられるように、相撲界は二場所続けて
の「新大関誕生」などと浮かれてばかりはおれないはずで、ますます気を引
き締めていかなければ、大相撲人気の低迷に拍車がかかることは疑いようが
ないでしょう。
そんな意味でも日本人の二人の新大関には、真摯な相撲に対する取り組みで
相撲界を牽引していく気概を期待したいものです。
 

「稀勢の里」大関昇進

 投稿者:爺河童メール  投稿日:2011年12月 6日(火)22時45分8秒
  仁田先生は11月30日付けの「日記独り言」で、”頑張れ、「稀勢の里」”と、「稀勢の里」応援歌を書かれておられます。同じ町に住む一人として、心強さを感ずる次第ですが、
小生は、少し違った角度から某新聞社に下記のような拙文を12月1日付けで、投稿したところです。御笑覧下さい。
ーーーーーーーーーーーーーー
「稀勢の里」大関昇進
私が住む牛久市から新大関が誕生した。生真面目一路の若武者「稀勢の里」関だ。少子高齢化の波が忍び寄るこの町にとって、これほどの慶事は他にない。東日本大震災の被災者の方々や福島原発事故でやむを得ず故郷を追われている人々にも、「琴奨菊」とともに横綱を目指す日本人の大関が生まれたことで、いささかなりとも明るさと朗らかさを取り戻し、生きる希望と明日への期待をもたらしてくれるものではないだろうか。

しかしながら大相撲を取り巻く環境は厳しい。大麻汚染、野球賭博、黒い交際、不透明な年寄名跡売買、相撲部屋の隠蔽体質、八百長疑惑曖昧決着などの諸問題が猶渦巻いている。
最近の観客大幅減は身から出た錆と大相撲関係者は胆に銘ずるべきだ。
新たな公益法人認定への申請期限が2年後に迫っていると言う。心機一転、新たな「公益法人」として出直すか、あるいは、実態に即した「民間興行スポーツ団体」として生まれ変わるかは、協会役員や親方衆が本気で改革するか否かにかかっている。
ーーーーーーーーーーーーーー

 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2011年11月 8日(火)22時42分35秒
  爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
3.11の東日本大地震は計り知れない未曾有の被害をもたらしましたが、大地震だけであれば復興の足取りはもっと迅速だったはずだと思うのは私一人ではないはずです。
日本は古来より、自然を畏れ敬い、自然とうまくつきあう術を身につけ、それが日本人の精神風土のコアを形成していると指摘する研究者も多くいます。災害をもたらすのも自然の力だし、それがまた一方では豊作や恵みをもたらすものだということを日本に住み着いた原日本人の時代から経験的に知っているからだと考えられています。
一方、台風や地震といった災害の少ない西欧では、不安定な要素がより少ないことから自然界の原理や原則を見いだしやすく、それが西洋流の自然科学を発達させる遠因になっているようです。ひいては、「人間は自然を克服し制御し、人間にとって都合の良いものに変えることができる」という思い上がりに似た精神土壌を生み出すことにもつながったのでしょう。
その思い上がりが、「人間の叡智」などという不遜な言葉まで生み出してしまったようですが、私たちが子どもの頃は『茨城県民のうた』に謳われている「~世紀をひらく原子の火~」という歌詞に、人間の叡智を見る思いがして、自然の不都合な部分は人間がその知恵と技術で克服し科学万能のすばらしい世界を作れるはずだと無邪気な誇りを感じていたものでした。

ところが、大地震によってもたらされた原発事故は、人間の拵えたものが呆気ないほど制御不能に陥る不安定で不確かなものだったことを露呈し、多くの人々をこれから長期間にわたって汚染の懸念に追い込んでしまいました。
原発はクリーンなエネルギーで安心・安全だと喧伝し、市民もそのエネルギー政策を信じて託し、一方では電力を贅沢に使い、それで暑さや寒さを凌いで自然を克服したかのような思い込みによる生活を展開してきたのがこれまでの日本と日本人。このようないとも簡単に制御不能に陥るような危なっかしいものを、いまだに「電力の需要に応えるために不可欠」だとして再稼働をめざそうとする動きがあることは驚くほかありません。
小澤征爾氏が受賞に当たって異例のコメントを発表したのも、そうした「利の追求」を柱とした原発ムラの論理をきちんと見直そう、これまで見過ごしてきた私たちの安易さを反省しようという呼びかけでもありましょうし、氏自身の決意表明でもあるのでしょう。
原爆の恐ろしさを知っている世界で唯一の国が生んだ偉大な指揮者だからこそ、そのメッセージはイデオロギーとは無縁のニュートラルで貴重なメッセージであるはずです。

それにしても「衆愚社会」とでも言ったら良いのか、被災地の瓦礫の処理を引き受けようというのが東京都だけというのは、情けない限りだと思わざるを得ません。放射性物質でも何でもない瓦礫を「放射能をまき散らすもの」と素人判断し、受け入れを拒否し忌避するというのは、一方で「絆」や「がんばろう東北」などという応援メッセージを発してきた人々のとる態度ではないはずなのに、といぶかしい思いを禁じ得ません。
日本が、そして日本人がこぞって復興の手を組むことそ望まれるはずで、素人考えのヒステリックな動きはそれを阻むものでしかないのにどうしたことかと小澤氏のメッセージとの対比に首をかしげてしまうのです。何と嘆かわしいことか、そして本来、日本人はこうではなかったはずと暗澹たる心持ちにさせられるこの数日です。
 

小澤征爾氏と福島原発事故

 投稿者:爺河童メール  投稿日:2011年11月 2日(水)22時07分34秒
    今年度の高松宮記念世界文化賞の受賞者の記者会見で、小澤征爾氏は「僕は、原発は地球を汚さないし安いし、人間が考えた素晴らしいものだと言われ、そう信じていた。原発の本当の恐ろしさを知らなかった。前にも事故(チェルノブイリ)があったけど、ピンとこなくて、また起こるとは思ってもみなかった。要するに本当に、原発の恐ろしさと言うものを知らなかった」と語った上で、「だから、僕にとって今年は非常に恥ずかしい年だが、
賞を貰ったことは運命だと思っています」と語っています。(朝日新聞11月2日付。【今日のことば】)
  前段は大方の日本人の原発に対する考え方なり許容範囲なりを示しているものと思いますが、後段の部分は小澤氏の師匠たちが「知らないことはよくないことだ。知らないことは罪だ」と常々教えられてきたことへの、贖罪符ではないでしょうか。
世界の小澤氏も「食道がん」「腰痛」には勝てず、このところ、指揮活動を中断せざるを得ない状態が続いています。回復を祈るばかりです。
 

本当に残念です

 投稿者:仁田  投稿日:2011年10月10日(月)22時56分6秒
  爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
香港ですばらしい慈善音楽会を企画され、五十嵐喜芳氏も招聘されたコンサートも
主催者として催されたこともおありだとか。
しかもその際にはバックコーラスもお務めになられたとのこと。
『すごい!』とただただ感服するばかりです。
五十嵐先生は、最後の最後まで声楽家そして教育者としてご活躍で、私も学会の
関係でしばしば訪れる昭和音大の学長をなさっておいででした。もちろん大学で
直接先生にお会いしたことはありませんでしたが、学長でありながら最後まで教
鞭をとって後進の指導にあたっておられることは聞いておりました。
本当に残念なことです。ご冥福をお祈りするばかりです。
 

五十嵐喜芳氏の訃報に寄せて

 投稿者:爺河童メール  投稿日:2011年10月10日(月)18時54分21秒
  仁田先生の9月27日付け「日記独り言」に、最後まで日本の声楽界の発展と普及、後進の指導に心を砕かれた誠に惜しい人を失ったと、五十嵐喜芳氏の訃報を取り上げられておられました。実は、その昔、小生も、五十嵐喜芳氏のステージで歌った経験がありますので、この突然の訃報は、信じられない思いで耳にしました。

小生が香港駐在中の1991年3月10日, 香港のCity Hallで行われた[The 4th Hong Kong-Japan Joint Charity Concert]の、第二部のステージで、「五十嵐喜芳氏と一人娘の麻利江さん」のバックコーラスを勤めたことがあります。当時私は、香港日本人倶楽部合唱団に属し、「香港日本連合慈善音楽会」の主催者側の一人でした。所謂、手作りの慈善音楽会です。チケットの売り上げ額は全て、地元の福祉協会に寄贈することにしていました。

第一回のJoint Concertは1988年4月2,3日の二日間に亘り、ベートーベンの「Choral Fantasy、とSymphony No.9」を香港のCity Hallで演奏しました。指揮者は福村芳一氏、ソプラノは松本美和子氏、アルトは香港人、テナーはドイツ人、バスはロシア人を招聘、オーケストラは香港管弦楽団とHong Kong Sinfonietta,合唱は「日本人倶楽部合唱団」と地元の「Hong Kong Oratorio Society」。その後、第二回、第三回と続きましたが、観客の過半数は日本人を対象とするものでしたから、第四回目からは、第二部で、日本人の著名な音楽家に演奏をお願いしては、と言うことになり、先ず、五十嵐喜芳氏、佐藤しのぶ氏、鮫島有美子氏、島田裕子氏、加藤登紀子氏などの事務所にFAXで主旨を説明し、条件を提示し、出演を依頼しました。

最初に出演OKの返事があったのが、五十嵐喜芳氏でした。音楽会は勿論大成功でした。五十嵐喜芳氏と共にステージに上がった麻利江さん、と㈱五十嵐エンタープライズ社長の奥様、も音楽会と香港滞在に大いにご満足された様子でした。

島田裕子氏は日程が詰まっているので、次回には是非香港に行きたいと約束されました。佐藤しのぶ氏、鮫島有美子氏、などは、スケジュールが空いたら考えたいと、前向きの返事でした。第五回は1992年の3月8日に行われましたがこの時は約束どおり、島田裕子氏が来港され、気さくなお人柄が好評で、音楽会そのものも大成功をおさめました。帰国命令を受けていた小生は、この2日後の3月10日に家族帯同で帰国しましたが、「香港―日本連合慈善音楽会」は、2004年の第十七回まで続いたと後輩の便りにありました。

それにしましても、あのお元気だった、五十嵐喜芳氏が他界されるとは、今も信じられませんが、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


 

よかったです

 投稿者:仁田  投稿日:2011年10月 9日(日)10時46分30秒
  キリマンジャロさん、書き込みをいただきありがとうございました。
シビックコンサートに向けての新しい試みとして、文化ホールのステージを
借り切っての練習の場を設定していただいたおかげで、有意義な練習を組む
ことができました。指揮者としては大変ありがたかったと実感しています。
団員の皆さんの感想をお聞きした上で、ぜひとも来年もこうした場の設定を
いただければ、と思っています。
今回は本当にありがとうございました。
 

ステージ練習

 投稿者:キリマンジャロ  投稿日:2011年10月 7日(金)22時14分18秒
  牛久フロイデ混声合唱団の今週水曜日の練習は、いつもの練習会場から、文化ホールのステージに移して行いました。
お客さんがいないことぐらいで、ピアノ、反響板、照明、ひな壇など、シビックコンサート本番さながらの環境にして、時間もたっぷりかけての充実した練習になったと思ってますが、皆さんはどのように感じられたでしょうか・・・
文化協会の会員になっていることから、経費も半額となり、予算内で充分にまかなえました。
皆さんが好印象を受けられたのであれば、来年も・・・と思ってますが(鬼が笑いますでしょうか?)
 

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