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私難隠蔽、国難突破解散

 投稿者:爺河童  投稿日:2017年 9月25日(月)20時39分49秒
  「私難隠蔽、国難突破解散」
 安倍首相は今夕6時に、「衆院解散」に言及する記者会見を予定していますが、機を見るに敏で、長年、政界の渡り鳥とも揶揄されてきた、小池都知事は、今日の午後2時半に緊急記者会見を開き、知事職にとどまったまま、新党「希望の党」の代表に就任すると、安倍政権の出鼻を挫く、先制パンチを繰り出しました。彼女の計算通りに進みだした模様です。
 この直後、安倍首相は自民党臨時役員会を開き、9月28日に召集される臨時国会冒頭で、衆院を解散する意向を表明しました。安倍首相以下集まった役員の面々は、いずれも苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた姿が、TV画面に映し出されていました。
 安倍首相は、「仕事しない内閣」の、ひとときの「内閣支持率上昇」、「北朝鮮核実験・ミサイル乱発状況」、首相夫妻の介入・介在が明白な「森友・加計問題棚上げ」、「民進党の内部崩壊現況」、「野党共闘の不確かさ」、「小池百合子新党立ち上げの遅れ」などの状況から、今こそ「衆院解散」の時期と判断したのでしょうか。「大義なき解散」と言われていましたが、 ネーミングに焦ったのか、大東亜戦争開戦前夜の如き、「国難突破解散」と命名しての、安倍丸の門出となりました。私に言わせれば「私難隠蔽、私利私欲解散」に他なりませんが。
 今夕6時から安倍首相の記者会見が始まりましたが、滑舌悪く、中身のない、歯の浮くような、饒舌演説にいや気がさし、散歩に出かけました。
6時半過ぎに帰宅しますと、質疑応答の時間でした。進行役の事務局員が、安倍番記者の名前を名指し、しながら質問を促し、首相は慌てることなく、用意したメモを読みながら応答していました。これも、予め仕組まれた記者会見だとすぐに気がつきました。
 森友・加計問題で、一度諦めた「憲法改悪実現」でしたが、野党状況から判断して、「最後の大勝負」に打って出たのではないでしょうか。
 しかしながら、民進党からの離脱者が相次ぎ、自民党からも離党者が出て、「日本のこころ党」の小池新党「希望の党」への身売り、小池新党の「日本維新の会」への接近と、 現政界は魑魅魍魎の大湿地帯の様相を呈していますが、共産党志位委員長が、いみじくも釘を刺した「結果的に首相の計算違い」に終わるのでは、のコメントが俄然、現実味が帯びて来ました。
 投票日は「シビックコンサート」開催当日に当たるようですので、期日前投票を利用して、 貴重な一票を投じたいと思います。

 
 

内閣改造しても

 投稿者:仁田  投稿日:2017年 8月 2日(水)21時19分36秒
   爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
 ご指摘の通り、すっかり民心が離れ、政権の、と言うより安倍首相の心底に宿る反動的な考えと反知性的な言動、
浅ましさに強い恐れを感じ、NOを突き付けていることが、支持率の低下につながっていることを与党は知るべきで
しょう。
 そうした事態になってしまったにもかかわらず、なお“一強のおごり”から抜け切れず、これまでと同じような
詭弁を弄することで“何とか押し切れる、押し通せる”と勘違いしてしまったのが、先日の閉会中審査での矛盾し
た説明が墓穴を掘り、さらに追求される醜態をさらけだすことにつながっているのでしょう。
 いつも思うのは、この首相の語感(あるいは言葉の意味理解)と多くの市民のそれには大きな隔たりがあり、ど
うも共通理解ができそうにないということです。
 何を聞いても、“そらぞらしさ”や“うわすべりな印象”しか持てないのも、そうしたことによるのでしょうが、
「丁寧に」「説明」「一点の曇りもない」などという言葉についての理解も一般市民のそれとは異なっているよう
で、言論の府に相応しいとは到底思えません。
 『丁寧でなくていいから正直に』『“ございます”だけじゃ納得できません』といった川柳が諧謔的に指摘して
いるように、首相の語る言葉からは「日本語本来の意味」を正確に理解して発しているとは思えない言葉遣いが目
に余ります。
 日本語について理解不足であるばかりでなく、三権分立といった中学生でも知っていることについても、憲法が
権力者を縛る機能を持つものだという原則についても、政治が権力者のためのものでなく国民のためのものだとい
う当たり前の理解についても、「中立・公平」という概念理解の過誤についても、あまりといえばあまりな「間違
い」ばかりが目につき、この人に委任していてはいけないという思いを多くの国民が抱いているはずです。
 そんな「浅薄かつ誤った」政治観念で、スピード感をもって迅速にいらざることを決定されてはたまらないとい
う思いを払拭できずにいることが支持率の急降下を招いていることを知ってか知らずか、内閣改造をすれば支持率
の浮揚を図れるのではないか、と考えているとすれば(実際そうでしょう)それもまた大いなる錯誤でしかないで
しょう。
 まず誰よりも首相自身の首がすげ変わらなければ、国民は納得しないはず。
 つくづく思うのですが、小池都知事が掲げた「都民ファースト」という言葉が多くの人の支持を集めているよう
ですが、これも不思議な話ではないでしょうか。
 政治は「国民や都民」のために政策を立案し実現する努力をするのは当たり前の話だからです。それをことごと
しく目新しいことのように言い立てることに違和感をおぼえるのですが、政権の座についた者が「自分やお友達」
のために政策を実行するなどということがあからさまに行われてしまうことがあってはならないのも至極当然の話
のはずです。
 しかし、どの角度からみても、現政権が「国民のための政策」を実行しようとしているようには見えず、そのこ
とをもってしても「戦後最悪・最低」の為政者を戴いてしまったというのが偽らざる感想です。
まずは「大政奉還」よろしく総辞職をし、国民の信を問うことが日本の政治をまっとうなものに立て直す最善の道
だと思われてなりません。 
 

閉会中審査で政権瓦解?

 投稿者:爺河童  投稿日:2017年 7月24日(月)09時01分30秒
  昨日投開票された仙台市長選挙の結果、大方の予想通り、野党共闘系の郡和子氏が当選、自民公明に鉄槌を喰らわせました。続いて、横浜市長選、茨城県知事選など地方自治選が控えていますが、自民党系候補者は、戦々恐々の心境ではないでしょうか。
横柄、傲慢、ウソの多重塗り、隠ぺい、冷酷、非情、、な安倍首相、側近、内閣への痛烈な反対票ではないでしょうか。今朝の毎日新聞社が報じている安倍内閣支持率は、危険水位を大幅に下回る26%に。これは、仙台市長選の開票前の数値です。
公共放送NHK、御用新聞社・御用メディアの近々の世論調査も早く知りたいものです。
さて、やがて始まる「国会閉会中審査:衆議院予算員会」で、安倍首相は、軽々しく、上の空で言い放っている
“多くの疑義について、国民の皆さんが納得する丁寧な説明”を聞いてみたいと思います。「稲田防衛相問題」「森友問題」「加計問題」「閣僚任命責任問題」「昭恵夫人政治関与問題」等々が野党の追及質疑になるものと思われます。

 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2017年 6月30日(金)22時27分50秒
   爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
 この数年間、政治の暴走ぶりをおぞましいものを見るような憂鬱な思いにとらわれなが
ら眺めてきましたが、ここに来て、国民の多くにもその憂鬱の正体がわかってきたのでは
ないかと思います。
 憲法に記されている通り、閣僚であれ、官僚であれ、公務員は「全体の奉仕者であつて、
一部の奉仕者ではない」はずなのに、“私(わたくし)”の都合で政策をいじりまわす、
文字通りの恣(ほしいまま)の姿に慨嘆しつつ、驚きを通り越して怖れをようやく感じ始
めている人々が多くなっているのではないかと思われるからです。
 爺河童さんがご指摘なさるように、戦後最低・最悪の政権であることは言うまでもない
でしょう。小中学生でもわかるような、公民の基本的な考え(民主主義の理念や権利につ
いての考え、政治の仕組みのあれこれに関する知識等々)について、無知・無視とも言え
るようなさまざまな言動を見るにつけ、議員の劣化が甚だしいと言わざるを得ません。
 それは取りも直さず、リーダーの無知と無恥がもたらす傲慢で乱暴な姿勢を見て、下が
それに倣うからこそ生まれた「劣化」であると言っても過言ではないでしょう。
 この国の現在のリーダーは、「議論」や「説明」、「謝罪」という言葉の概念についての
理解が浅薄なようですが、浅薄どころか言葉の意味を取り違えていながら、あっけらかん
と自らの誤った理解を他に押しつけるという“やんちゃぶり”を露呈しています。

 支持率が急低下したことを受けて先日(19日)に行った会見でも、表向きは反省とい
う言葉を口にしていながら、 『印象操作のような議論に対して、つい強い口調で反論し
てしまい、政策論争以外の話を盛り上げてしまった』と、まともな議論ができなかったの
は、加計学園の獣医学部新設について自分の働きかけがあったのでは?と追及する野党の
姿勢が原因だというかのような発言をし、まるで反省などしていないということを国民の
多くに知らしめてしまい、「反省」という言葉の意味や重みを理解していない人物である
ことをさらけ出してしまいました。
 また、同じ会見の中で、『「信なくば立たず」だ。何か指摘があれば、その都度真摯に
説明責任を果たしていく。』と口にしたものの、先日来からの稲田防衛大臣の憲法違反に
問われかねない発言に野党から罷免要求や臨時国会召集、閉会中審査実施を要求が出され
ても、拒否するといった姿勢からは、“丁寧あるいは真摯に説明”しようという意思は窺
うことはできません。(もっとも、説明をすると言って、何の説明もしないのは、この人
物のいつもの姿ですが)

 国会が議論の場であり、言葉を尽くして意見を戦わせる場でありながら、空虚な言葉ば
かりが飛び交い、前言を覆しても、それ自体問題ではないという開き直りにも似た「傲慢
さ」「不遜さ」「横柄さ」からは、“国と国民のためにという奉仕する”立場にあるという
自覚が微塵も感じられません。
 前言を翻すと言えば、これは誰が見ても万事休すだろうと思われることを平然と言って
のけたのを見て、驚いてしまいました。
 それは他でもない「加計学園」に関する問題について、『権限を一切行使することも、
全く関わることもなく、自分とは全く関係ないところで行われたものだ』と説明してきた
にもかかわらず、その当の本人が『1校に限定して特区を認めた中途半端な妥協が、結果
として国民的な疑念を招く一因となった~。今治市だけに限定する必要は全くない。地域
に関係なく、2校でも3校でも、意欲あるところにはどんどん新設を認めていく』と自分
の権限をもってすれば新設が可能なのだ、とあたかも「自分が関わり認可したもの」と認
める発言をしたからです。
 これだけでもこの内閣を不信任に追い込める一大事ですが、一方でこの政権の持つ恐ろ
しい面も浮き彫りになりました。
 それは、この発言が安倍氏を庇い支えてきた和泉洋人・内閣総理大臣補佐官とか官房副
長官といった人々の労(それ自体も問題ですが)を全否定し切り捨てるかのような振る舞
いだからです。つまり自分にとって“都合が悪くなれば”、どんなに協力、支持、支援し
た存在であっても、いとも簡単に切って捨てることに何の痛痒も感じない特権意識をバッ
クボーンに持った人物が首相だということを自らさらけ出してしまったのです。

 それはともかく、論理の矛盾どころか、白を黒と言い換えても、それ自体何の問題もな
いとする自己肥大の感覚、正当に関する感覚の欠如が、この暴走政権のエネルギーの正体
だと言っても過言ではないと私は見ています。
 失言があっても「撤回」や「謝罪」をし、いっときの風が収まればまたぞろ同じような
失言が繰り返されるのも、根っこにあるエネルギーとベクトルが撤回されたり修正された
りすることがないからであることは明々白々。
 そうした政権のもとで乱暴な手法で急ぎ成立させられた各法は、いずれその時々の恣意
的な理由を盾に、国民と国を窮地に追い込むようなものになることも想像に難くありませ
ん。成立時に言い訳のようになされる『国益』『国民の安全のため』という言葉を迂闊に
信じてはいけない、と気づき始めた国民の意識の変容が不支持率の増加につながっている
のではないでしょうか。

 説明することを「自分の主張を一方的に言い募ること」と勘違いし、議論を「自分の説を受け容れさせる手段と場」という誤謬に立脚しているからこそ、問題点を指摘されるとイラ立ち、声を大にして議論とは無関係な相手の瑕疵を言い立て、野次を飛ばしてでも自分の正当性を押し通そうと強引な手段に出るのでしょう。
 それは自分の主張が通らないと、『なぜボクちゃんの言うことがわからないのか』とば
かりに手足をジタバタさせて我を通そうとする“わがままなお坊ちゃん”の姿そのもの。
わがままで冷酷だからこそ、自分に寄り添ってくる者を大切にし、その一方でお友達であ
ってもいったん都合が悪くなれば容易に切って捨てることができるのでしょう。
 そんな危うい感覚で一国の政治を司り、特権意識をベースにした「都合の良い仕組み」
をつくりあげることに走られたのでは、この国が戦後70年にわたって営々と築き上げて
きた平和国家、民主国家などたまったものではないし、先人にそして私たちに続く子々孫
々に申し訳が立ちません。

 人々は損得に対する感性だけで生きているのでもないし、そうした感性に共感するわけ
ではないでしょう。それ以上に正邪に対する感性を大切にし、正であることを喜んで受け
容れようとするまっとうな感覚を大切にしようと生きているのです。
私たちが「若者のひたむきに取り組む姿」に共感し、感動を覚えるのは、そうした感性を
精神風土の根っこに持っているからだと思われます。

 だからこそ、一国主義に走ろうとする姿勢や経済効果だけを言い募る姿勢に疑いを持ち
始め、支持率の低下という現象につながっているのでしょう。
 この憲法違反の政権にノーを突きつけ、後世に禍根を残さないためにも、今できること
を見極め、しっかりと「正しさ」「よさ」に向かう本来の感性を尊重して、意見を主張し
ていかなければならないと思われてなりません。

 ~またしても長くなってしまいました。お許し下さい。~
 

若者の台頭と政治の劣化

 投稿者:爺河童  投稿日:2017年 6月28日(水)16時39分56秒
  プロ棋士、藤井聡太四段の快進撃が続いています。伝統ある日本将棋界に君臨する錚々たる大先輩棋士を次々と撃破、昨日は何と29連勝を達成し、歴代一位の記録保持者の名を刻みました。中学3年生、弱冠14歳の若者です。
日本陸上短距離界でも新星が現れました。サニブラウン・ハキーム君、18歳、
将棋界、短距離界のみならず、競泳、卓球、体操、サッカー、野球などで、10代半ばから後半の若い世代が台頭し、躍動する姿は、どんよりとした梅雨空を吹き飛ばす爽快さを感じます。
今日の「朝日川柳」檀でも“ 梅雨晴れのような聡太・サニブラウン” が選出されています。

 一方、外国からは三流と見なされ揶揄されている日本の政治状況は、日々劣化の一途をたどり、最早、救いがたく、地に落ちてしまったと言えそうです。将来を担う子供たちには、絶対に見せられない国会中継です。
 この元凶は、言わずと知れたあの人に行きつきます。
常々、彼の信条・言動には、現日本国憲法否定、天皇制復活、明治憲法回帰、軍国主義回帰にあり、非常に危険な思想の持ち主ですが、「一強」の力の上に胡坐をかき、政治を私物化し、イエスマンを傍に侍らせ、憲法を蹂躙し、民主主義を蔑ろにし、やりたい放題の傍若無人ぶり。  否応なしに、私たちは今、日本憲政史上、最悪、最低の宰相を頂いていることになりますが、この状態を長続きさせてはなりません。

 首相夫婦が絡み、政権崩壊に繋がる一大政治スキャンダル、「森友学園問題」、「加計学園獣医学部開設問題」。政治介入疑惑が強い官邸側は、早期幕引きを画策し、逃げ切りを図ろうと躍起になっているようですが、そうは問屋が卸しそうにもありません。
 今は、都議選の真っ最中です。Pink Monster、豊田真由子の秘書虐待引責離党に続き、あの伊達眼鏡大臣の、罷免に値する憲法違反・法律違反というべき、大問題発言が、本人が未認識のまま、自民党候補の応援演説の中で飛び出しました。ご本人は記者団から質問を受けるまで、ことの重大性に気がつかなかった由、大臣解任は当然ながら議員辞職、今度こそ、首相の任命責任が真剣に問われなければなりません。さて、伊達眼鏡を、まるで身内の如く、重用してきた首相は、どのような行動にでるか。
野党は劣勢乍ら、自民党はオウンゴールの連発です。内閣支持率低下にブレーキがかかりません。これでは、都議会選挙の結果は火を見るより明らかではないでしょうか。

 税金を収入源としながらも、公僕たる自覚を一切持たず、逆に私利私欲に走り、国民を愚弄し続ければ、因果応報、天に唾、そのツケは、必ずや彼らの頭の上に降り注ぐ筈です。

 

同感です

 投稿者:仁田  投稿日:2017年 3月 5日(日)19時40分14秒
  爺河童さん、書き込みをいただき、ありがとうございました。
いちいちコメントしていては、こちらの身が持たなくなるように感じられる、日本ばかりではなく世界各地で起きているポピュリズムとナショナリズムの嵐に、民主主義の負の側面の台頭が透けて見え、怖れつつ呆れているこの一年数ヶ月です。

近代民主主義を真っ向から否定するように差別と分断を進め、子どもじみた「アメリカ・ファースト」を声高に主張するだけで、志の高さや知性の深みが窺えないばかりか、ジャーナリズムのあるべき姿を否定するといった暴言や粗雑な言動が目につくトランプ大統領がある程度の支持を得ているアメリカ合衆国の現実に落胆を禁じ得ません。
そして、そのようなトランプ政権に、あたかも尻尾を振ってすり寄っていくように早々と「ゴルフ外交」をセッティングし、それを大成功だと自画自賛する安倍政権の外交姿勢に、なんとこの国のリーダーは“安っぽい”ことかと呆然としている国民は少なくないはずです。
ある報道では、その首脳会談の折に、安倍総理はトランプ大統領に「実はあなたと私には共通点がある」と言ったとされています。(以下引用です)
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怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。
「あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…」
これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。
「俺も勝った!」
トランプの警戒心はここで吹っ飛んだと思われる。トランプタワーでの初会談は90分間に及んだ。
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朝日に代表されるリベラル系勢力に勝った自身と、ニューヨーク・タイムズに代表されるマスメディアを一方的な主張で抑え込んだトランプ大統領とを重ね合わせてそう表現したのでしょう。
そのような“勝ち負け”といった低次かつ形而下的な論理と発想で、政治を語り、国際問題を論じ、ひいては国家としての展望、国民の生活を論じているのかと思うと、いっそう危機感を抱かざるを得ません。

安倍首相は第一次政権当初から「戦後レジームからの脱却」を主張し、矢継ぎ早に政策を断行してきました。「戦後レジームからの脱却」とは、つまるところ新しい日本のありかたを求めるものではなく、いわば戦前・戦中に強いノスタルジーを抱き、そこに帰っていこうとする「旧に復す」ことをめざしたものだと言えます。
そうした首相の出現を得て、戦後一貫して地道に活動してきた「生長の家」とそれに強い影響を受けて、いまや大きな勢力として虎視眈々として「天皇主権」に根ざした「国のために民がある」国体をめざす日本会議や神社本庁が“我が意を得たり”とばかり、その偏った主張を展開することに遠慮も怖れも感じなくなっているのでしょう。

超党派の国会議員で構成される「創生『日本』」という超党派の議員団体が、2015年5月に開催した研修会を録画したものがかつて注目を集めたことがことがあります。
ホームページによれば「創生『日本』」は「戦後レジームからの脱却」を理念としていて、そのためには憲法改正が成し遂げられねばならないと考える議員の団体のようです。
映像の中では、自民党の閣僚経験者が「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3原則はなくさないと」と発言していました。また別の議員は「尖閣、軍事利用しましょう」。首相補佐官は「いよいよ、ほんとに憲法を変えられる時が来た。これ以上延ばすことはできない」と発言し、いずれの発言にも、会場から大きな拍手が湧いたのです。そして安倍首相の姿もそこにあったのです。稲田防衛相も親の代から生長の家の影響を色濃く受けた生粋の右派であることは言うまでもありません。

敢えて非常に大雑把なとらえ方で言えば、戦後民主主義を厭う安倍首相の出現がナショナリストに力を与え、相互に(陰ながら目立たぬように)協働して戦前回帰を果たそうとしているだろうことは想像に難くありません。
そのため右派を標榜する人物が次々と発言の場を得、それがまたある一定の「なんとなくの支持」を獲得し、本来なら議論に値しないほどの議題であるにもかかわらず、気がつけばいつの間にか議論の土俵に乗せることも妥当だ、という風潮を生んでしまっているというのが、現在の日本を覆う景色のように思われます。
先日までNHK会長を務めていた籾井元会長、作家の百田尚樹氏、櫻井よし子をはじめとする人々が,まるで正論であるかのように時代錯誤な発言を繰り返しているのも、そうした事情に後押しされているからなのでしょう。
いま日本中の耳目を集めている松友学園の籠池泰典理事長についても、彼が日本会議の大阪支部長を務める役員であることを考えると、前時代の亡霊を見るような教育方針に納得がいきます。
しかし、どうやらここにきてそうしたナショナリストの緊張感の希薄な行き過ぎた言動が、むしろ逆に彼らの足かせになりつつあるようにも見えます。安倍首相の意向を忖度して先走った言動が却って問題を浮き彫りにし、リベラルなあり方を求める市民の違和感をめざめさせ、勝手放題はさせないという意識を醸成すると同時に、政権自体も前のめりで行き過ぎた姿勢を慎まなければという緊張感を持ち始めているように思われるからです。

それにしても政治の世界から形而上的な「理想を追い求め実現しよう」とする理念や哲学が姿を消し、単なる自己のこだわりを具現化しようとする姿勢ばかりが目につくのは、彼らが「政治家」ではなく、爺河童さんの言う「政治屋」だからなのでしょう。
悲しいことに我が国では、三権分立についてもしっかりと認識できていない政治屋が多いように見受けられます。とりわけ行政の長である首相自身が自分を指して「立法の長」だと発言するなど、その認識過誤に『気は確かか?』『学生時代に何を学んできたのか』と訝しく思うこともしばしばです。司法が行政府や立法府を監視することに十全な機能を発揮しない、できない状況をみるにつけ、本当の意味で三権分立が根づいていないとすら見えてしまいます。
その意味で司法がきちんと機能しているアメリカの国民は希望が持てるというものですが、いずれにしても政治家としての常識すらわきまえていない「資質の欠落」した政治家が日本には多いように思われます。

一強の政権が出現することによって、省庁も議員も地方行政組織も政権の思惑を慮り、忖度して、あってはならない不当な要求が通ってしまったというのが、このたび問題になっている松友学園の土地取得問題なのでしょう。
この問題に関しては、土地の格安取得だけでなく、教育基本法をないがしろにした偏向教育を施していること、さらにはそれに関して首相のみならず昭恵夫人までも関与していたことが疑われる問題など、いくつかの問題が絡み合っていますが、どれをとっても戦後民主主義を否定する政権の誕生が直接・間接を問わずもたらしたものだと言えます。
自分や妻は関与していないと、ことあるごとに反論している首相ですが、政権誕生時からこれまでとってきた政策や法の改訂、そしてなされてきた主張がこうした問題を生む背景にあるばかりか、深くかかわっているということを自覚すべきでしょう。

李下に冠を正さず、という箴言があるように、現政権は“緩み”や“驕慢”、“増長”を戒め、自身を律する姿勢について改めて見直し、銘記することが肝要ではないかとつくづく思うのです。書き始めたら止まらなくなってしまい、長々と書き連ねてしまいました。お許し下さい。



 

後を絶たぬ政治屋関与

 投稿者:爺河童  投稿日:2017年 3月 2日(木)10時59分16秒
  ご無沙汰いたしております。
「牛久フロイデ混声合唱団」のホームペイジへのヒット回数「44444回」の出現は、   4月1日前後になろうかと思いますが、団員各位には「掲示板」への投稿をお願いしたいものです。

 私も頻繁に画面に現れる「セキュリテイに関する警告」に悩まされ、余りにもうるさいので、途中まで指示通りに操作したことがありましたが、やはり疑問が湧き、思いとどまりました。昨年末に「OUTKOOK 2013」の機嫌がきれましたので「OUTLOOK.COM」に再度切替えてくださいとのメッセージが現れ、メールの送受信ができなくなりました。一時復旧しましたが、今年に入り再び同じメッセージが現れ、メールの送受信が不能になりました。先日、龍ヶ崎の量販店に持ち込み、PC技術者の手で一応直してもらいました。このとき「セキュリテイに関する警告」の画面も出現しないように処置をしてくれました。

 ところで、後を絶たぬ政治屋関与の口利き斡旋問題が今国会でも突然出現しました。総理夫妻がらみのスキャンダルです。

「学校法人 塚本幼稚園幼児教育学園 ・瑞穂の國記念小學院」

 学校法人森友学園塚本幼稚園が、2015年秋の運動会で、「大人の人たちは、日本が他の国に負けぬよう尖閣列島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史でうそを教えないようお願いいたします」「安倍首相がんばれ」「安保法制国会通過、よかったです」と園児たちに声高らかに宣誓させていました。これはまさしく戦前の教育現場そのものです。また、安倍首相の政治理念・信条と軌を同じくします。兄、金正男氏をクアラルンプール空港で、毒牙にかけた異母兄弟の弟、金正恩が恐怖統治する北朝鮮の園児・児童のつくり笑いと演技上手に重なります。「テロ等準備罪」を国会審議中の安倍首相も、このビデオを初めて観たときは、家内野党は隠れ蓑、家内同根の昭惠夫人と共に、我が意を得たとばかりに、ご満悦の祝杯を挙げたに違いありません。戦前の「治安維持法」に倣って、「テロ等準備罪」と称して審議中だった本案は、成立直前、梯子を外され、再び「共謀罪」に落ち着きました。これも特別秘密保護法も安保法制も同じ強引なやり方です。「憲法改悪」も「自民党案」に沿ってこの手法で押し進めるつもりでしょうか。
 世界の嫌われ者、トランプ大統領と安倍首相との異例な蜜月ぶりは、TrumpAbeがTrumpabe と スムーズに呼ばれるほど、滑らかな結合振りで、日本人としては、いささか恥ずかしい思いもしましたが、その熱も今や冷め切り、「瑞穂の國記念小學院」設立に絡む諸々の政治家・官僚関与問題が矢継ぎ早に暴露され、野党の集中砲火を浴びる安倍首相は、前言を180度翻し、火消しに躍起の狼狽振りには、却って関与の疑いをつのらせるばかりです。野党、そして、党派を超えた議員団が結束して、国会喚問を設定し、徹底的追及と事実解明が望まれるところです。喚問招致は、籠池泰典、安倍晋三、安倍明恵、麻生副首相、菅官房長官、稲田朋美、平沼赳夫、橋下元大阪市長、松井大阪知事、日本会議役員、鴻池議員、国土交通省、財務省、大阪航空局の官僚役人などです。この学校の開校予定は、今年の4月1日。関与した政治家、官僚、役人は、4月1日ありきは、「安倍晋三記念小学校」や「名誉校長」に祭り上げられた安倍夫妻の顔を立てる一心で、或は、忖度して、関係省庁・地方自治体が秘密裏に会合を繰り返してやってきたつもりでしょうが、ここにきて、馬脚があちこちで出現しつつあります。
国有地破格の払い下げ、分割払い、産廃違法ごみ処理、学校設立規制の大幅緩和、安倍昭恵名誉校長、安倍晋三記念小学校、安倍晋三を語った寄付集め、木造校舎建設助成金、日本会議、そして、看過できないのが、同校が掲げる教育方針です。

1.天皇国日本を再認識。 2.愛国心の醸成。国家観を確立。
3.教育勅語素読・解釈による日本人精神の育成(全教科の要)。
4.「大學」素読による人間学の習得。5.大祓詞・般若心経朗唱宗教的情操の育成。
6.杉の木・檜造り木造伝統建築の校舎。7.国際語である英語を学ぶことによる国意識の構築。8.将棋・算盤などの歴史・伝統文化による教育、9.剣道・ラグビー・体育文武両道の達成。10.和太鼓・西洋楽器の演奏・鑑賞、図面工作による情操教育。11.杉の木の校舎掃除から学ぶ清廉潔白さ。

 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2016年 4月20日(水)19時56分47秒
  爺河童さん、もうずいぶん以前に掲示板への書き込みをいただいていたにもかかわらず、お礼の記事を作成することが遅くなってしまいました。申し訳ございませんでした。
IS対策に限らず、さまざまな側面で(側面ではなく、「コア」の部分でといった方が適切かも知れません)あってはならない対応ばかりが浮き彫りになる現政権です。
どこからどう書いたら良いものかと思案しているうちに、時間が経過してしまいました。
申し訳ありませんでした。
その問題点を論じるには、この掲示板では文字数が足りないと思い、私のブログに掲載すること
にいたしました。ご面倒でも、そのブログに書いた内容が私の現政権に対する「見方のまとめ」とご理解いただき、そちらをお読みいただければ幸いです。→こちらのブログ
 

イスラム国勃興・台頭の因は

 投稿者:爺河童  投稿日:2016年 2月26日(金)19時58分25秒
  シリア内戦の停戦を巡り、米・ロの外相は21日、「暫定合意」を発表しましたが、一方、過激派組織「イスラム国ISIL」はシリアの首都ダマスカス他で連続爆破事件を起こし、 200名近い死傷者を出したと今朝の新聞で報じています。
「アラブの春」の動きに触発されて勃発したシリアの強権独裁「アサド政権」と反体制「自由シリア軍」のシリア内戦は、プーチンロシアがアサドの後ろ盾となり、一方、自由シリア軍へは穏健派アラブ主要国と米国が立ち、この二大勢力の間に、第三勢力と言われる「ヌス?戦線過激派組織」 そして、第四勢力としての「イスラム国IS」が加わり、シリア内戦は四巴の勢力・組織・派閥・宗派が参戦、複雑に絡み合って混迷を極める現状から判断するに、「停戦」、「終戦」に辿りつくまでの道のりは予測不可能な状態だと思います。
何故、アラブ同士、アラブに近いペルシャ、クルド、トルコ、そして、東方正教会のロシア、加えて、キリスト教国の欧米諸国とが、このような衝突を繰り返し、殺戮が絶えないのでしょうか。
この争いの根底には、根源には、我々日本人には到底思いもつかない、確執、軋轢、怨念、恨みつらみ、敵討ち、復讐心があるに違いありません。その一つが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つどもえの「宗教戦争」です。同じ神を崇め、同じ民族同士の近親憎悪の陰惨な戦いが連綿と続いて来たと言えましょう。さらには「聖地エルサレム」を己の聖地と主張してやまないこの三大宗教の衝突が続いています。キリスト教の軍隊組織、「十字軍」は、1096年から1272年の176年の間に10回近くもエルサレム奪還に赴き、非道の限りを尽くしたと伝えられています。この「十字軍」の破壊、殺戮、虐殺、惨殺、略奪、無慈悲などが、ユダヤ教徒やイスラム教徒に、拭え切れない怨念として残されているのではないでしょうか。2014年6月に「イスラム国家」建国宣言を行ったISILは、日本も加盟した、米国を主体とする有志連合国を、現代の「十字軍」と呼び、日本国並びに日本人をも、「十字軍」の一員として、ISILのテロの攻撃の目標に定めました。
二つ目としては、英仏ロによる三枚舌外交、「サイクス・ピコ協定」他の密約にあるものと思います。Webの力を借りて整理しますと、こうなります。
① イギリスはフサイン=マクマホン協定の中で、オスマン帝国に対する反乱を行えばアラブ人の独立を支援すると合意した。
② イギリス、フランス、ロシアは1916年のサイクス・ピコ協定でアラブ人の土地も含むオスマン帝国領を三分割する密約を交わしていた。クルド人は分断された。
③ 1917年にはイギリスはライオネル・ウォルター・ロスチャイルド卿に対しパレスチナでのユダヤ人居住地(ユダヤ人民族郷土)建設の約束(バルフォア宣言)を交わしていた。
④ 第一次世界大戦後にイギリスとフランスが行った中東分割はこれら三つの秘密協定が相互に矛盾しないように行われていた。
⑤ 1917年11月の十月革命でボルシェビキがロシア臨時政府を打倒すると、革命政府は旧ロシア政府が結んだ「サイクス・ピコ協定」を暴露した。
⑥ 反乱中のアラブは、この秘密外交の存在に反発を強めた。
仁田先生のブログ、「テロ行為は何に起因するか」-続、続々、そして「テロの根源にあるもの」-続、続々に詳しく解説されています。まさにその通りなのです。

私たち日本人の雑駁な歴史観は、中学・高校の学校教育の中で学んだもので、縄文時代から始まり、って、せいぜい江戸時代ごろまでの主な事変・政変・文化的出来事など、うわべだけをザーッとなぞっただけの、吹けば飛ぶような薄っぺらなものだと思います。今、世界で起きている紛争や諍いを理解する上で、大切な「日本の近現代史」や「欧米の歴史」を知りません。ただただ、不勉強を恥じるだけの昨今です。

元NHKの記者で、「子供ニュース」を担当していた池上彰氏の「時事問題解説」が、一番分かりやすく、この時代に即した番組だと私は思っていますが、彼自身、或は彼を起用するTV局が安倍政権の監視リストに既に記載されているのではと、危惧しているところです。

さて、先日の月曜日、NHKBS3で「アラビアのロレンス」が上映されていましたので、最後まで観てしまいました。約3時間45分の長編でした。
監督は英国の巨匠、デヴィッド・リーン(David Lean、1908年3月25日 - 1991年4月16日)。スティーヴン・スピルバーグや、マーティン・スコセッシなど次世代の映画監督に多大な影響を与え、特にスピルバーグは高校生の頃に『アラビアのロレンス』を見たことで映画監督を目指すことを決心したと語っており、彼を偉大なる師として尊敬。リーンの自然主義的な作風はスピルバーグに大いに受け継がれており、『アラビアのロレンス』『戦場に架ける橋』『ドクトル・ジバゴ』は撮影前に必ず見直す作品だと語っているそうです。これに付け加えるとすれば、デヴィッド・リーン監督のアイルランド独立運動を描いた「ライアンの娘」ではないかと、私は思います。

『アラビアのロレンス』(Lawrence of Arabia)は、1962年のイギリス映画。歴史映画。デヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演。実在のイギリス陸軍将校のトマス・エドワード・ロレンスが率いた、オスマン帝国からのアラブ独立闘争(アラブ反乱)を描いた歴史映画。戦争映画。日本での公開は1963年12月。私が22歳の時、大阪で観ましたが、当時の感想は、壮大で、広大な砂漠で、繰り広げられる戦争というイメージでした。
原版を最新の画像に編集されこの映画を拝見して、鑑賞文化勲章を授賞した平山郁夫作の「シルクロード、月下を行くラクダの商隊」を思わせるシーンが数回ありましたが、史実に基づいたノンフィクション映画であることを再認識しました。馴染みの地名、カイロ、アカバ、ダマスカスが繰り返し出現し、更には、七つの海を支配し、世界制覇を目論んだ英国紳士の狡猾さ、したたかさ、権益中心主義の手練手管が垣間見えました。自国の軍人「アラビアのローレンス」さえも欺き、密約 「サイクス・ピコ協約」 の所在を明らかにして、「アラブ独立」に奔走してきたローレンスに冷水を浴びせかけたのです。
「イスラム国 ISIL」の勃興・台頭の根源はこのあたりにあるものと思います。


 

ありがとうございました

 投稿者:仁田  投稿日:2016年 2月 3日(水)07時32分26秒
   爺河童さん、書き込みをいただきありがとうございました。
 政治の劣化が止まらないというのが、私の率直で偽らざる感想です。
 少なくても現政権が誕生するまでは歯牙にもかけられなかった、憲法改正や安保関連法案、そして緊急事態条項など、民主主義社会にあって、とりわけ明治憲法下での痛烈な反省に立って口にするのも恥じるような事柄のことどもを政治の土俵にあげ、あたかもまっとうな主張であるかのごとく取り上げる様子を見るにつけ、無知な為政者の出現によってもたらされる呆れた事態に慨嘆するばかりです。
 土俵にあがったことすら“何たることか”と思わざるを得ませんが、上がったことによって土俵に上げることそれ自体が妥当かどうかの判断を飛び越えて、上げられた問題の内容を審議するという有り得べからざる事態が出来してしまいました。それ自体が正常な事態でないことは火を見るより明らかであるにもかかわらず、そうなってしまえば圧倒的多数を誇る与党にとって思うツボであることは言うまでもありません。与党にしても野党にしても、こうした事態を引き起こしてしまった政治家諸氏については、知性も志も劣化しているとしか言いようがありません。

 それはともかく、こうした政治家諸氏、とりわけ為政者の暴走と劣化に歯止めをかけることのできないジャーナリストは言うに及ばず、それ以上に政権におもねり、政権の意図を忖度して先走りし、お先棒を担ぐようなメディアには憤りを覚えざるを得ません。
 きな臭い世界情勢を口実に、いやもっと言えばそれを出汁にして国民から「いつの間にか気づかれないうちに主権を奪って」しまうことを目論んでいることが透けて見える政権の魂胆と危険性に一市民でしかない私たちが気づいているにもかかわらず、なぜジャーナリズムがそれを指摘し糾弾しないのか訝しく思えてなりません。
 しかし翻って考えてみれば、それも当然なのかも知れません。なぜなら先の大戦で日本が宣戦布告をした際にもっとも高揚感を覚え指示した国民が、戦争回避を唱える新聞社の新聞について不買運動を起こし、それを危ぶんだ新聞各紙が「売れる記事」をつくり、それがまた戦争を煽る結果となったことは周知の事実だからです。

 政権の「下心」を取り繕って隠す役目を担わされたのがアベノミクスとかいう経済対策ですが、これとて“カネをちらつかせてさえおけば目先のことしか見ない国民”は大いに支持してくれるはずだ、というあまりに分かり易い図式です。これほど国民を愚弄している政権は戦後初めてではないでしょうか。現政権が打ち出す政策のことごとくがこうした
「国民愚弄」「国民無視」の構図の上に成り立っているにもかかわらず、それにブレーキをかけられないのは「国民の危機意識の欠如」に他ならず、国民が気を確かに持てばジャーナリストも動かすことができ、本来あるべきまともな民主主義社会に立ち返ることができるはずなのだが、と思えてなりません。
 

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