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拝復

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 8月15日(火)16時42分35秒
返信・引用 編集済
  武林さん

お便り拝読しました。
きっと貴兄とは、どこかの音楽喫茶でお会いしているのでしょうね。

残念ながら、皆さんのその後の消息は全く知りません。
何年か前、京都会館でコンサートをプロデュースしたとき、
関西C&W界のレジェンド、宇田川宏光さんが来てくださいました。
何十年ぶりの再会に感動し、互いに涙を流しました。

唯一、大学の先輩、石橋イサオさんだけは今も親しくしていただいています。
私は現在、岡山で生活していますので、大阪の情報はあまり入りません。
こちらこそ、どなたかの消息が分かれば教えていただきたく思います。
 
 

遠い昔の話

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 8月 6日(日)11時16分38秒
返信・引用 編集済
  武林さん

初めまして。こちらこそよろしく。新しいお仲間として歓迎いたします。

さて、ご質問にお答えいたします。
昭和30年(1955)、心斎橋筋の「サイトハウス」、千日前の「銀馬車」、道頓堀の「なんば一番」
などの音楽喫茶から火がついた関西のウエスタン熱は、京都、神戸にも飛び火し、一大ブームを展開しました。

当時、活躍していたバンドは、大阪ワゴンボーイズ、リズムワゴンボーイズを中心に、
メンバーの変遷もあって、ドリフティング・カウボーイズ、レインボー・レインジャース、
ブルーカウボーイズ、クレイジー・バブルス、サンズ・オブ・ウエスト、カントリーボーイズなど。

そして、3年後の昭和33年(1958)にブームが終焉し、全バンドが解散しました。
記憶に残る人々は、ラリー石川、鈴木英治、宇田川宏光、田川元祥、ドン佐野、吉野五郎、菊川圭二、
大谷一夫、石橋イサオ、ウオルト・ローベル、ゲイリー石黒、木村皓昭、大沢茂雄、三宮信之ら各氏。

すでに鬼籍にはいられた方も少なくありませんが、
皆が手探りで耳新しいカントリー音楽を追求していていました。
亡き盟友たちのご冥福を祈り、健在な諸兄のさらなるご自愛を望みます。
 

暑い日がつづく

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 7月31日(月)09時21分16秒
返信・引用 編集済
  「友来る」

もうすぐマルチプレーヤーのM君がやってくる。
私の気まぐれな旅がつづき、しばらく会う機会がなかった。
昨日の日曜は所用があって不在。
平日の今日、彼は有給休暇をとって来宅されるという。

彼にとって、好きな音楽を聴きながら私と歓談するのが歓びだという。、
高山で酸素を吸入するように、元気が回復するらしい。
世のなか、残念ながら嫌なこと、辛いことが多すぎる。
名盤の効果もあって、彼に癒しを提供できているなら嬉しいことである。

報道で自殺記事などを見ると、死ぬ前に私と会ってほしかったと思う。
私は抹香くさい宗教家でも、世俗に長じた苦労人でもないが、
霊験あらたかな音楽療法と、不屈の開拓者魂を伝授したいと思う。
私は、この二つに助けられて世間の荒波を一匹狼で泳ぎきってきた。




 

訂正

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 7月27日(木)09時48分51秒
返信・引用 編集済
  私のうっかりミスでした。オリエント急行が正解です。
あの歴史ある列車も、かなり路線を縮小されて寂しいことです。
各国に趣向を凝らした豪華列車が増え、珍しくなくなったのでしょうか。

乗車どきにいただいた各種の記念品のなかに、
メニューもあって、そこに親しくなったシェフのお名前もありました。
クリスチャン・ボディゲルさんというかたで、
帝国ホテル時代に日本で懇意であったかたもおられると思います。

機会があれば旧交を暖めたいものです。
料理の中で海老フライを、お城のシャチホコのように盛り付けていたのが、
いかにも日本で修業したコックさんという気がしました。
気さくで、日本語もお上手な楽しいコックさんでした。


 

オリエンタル急行

 投稿者:山本  投稿日:2017年 7月27日(木)07時26分36秒
返信・引用
  良く知らないのですが、以下の文のうちオリエンタル急行の部分はオリエント急行のことでありましょうか。

>「馬子にも衣装にもならない」

> 十年ほど前、女房孝行のつもりでオリエンタル急行でフランス入りしたことがある。
 

フォーマル

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 7月23日(日)11時39分43秒
返信・引用 編集済
  「馬子にも衣装にもならない」

十年ほど前、女房孝行のつもりでオリエンタル急行でフランス入りしたことがある。
旅行会社に「タキシードかなにか、フォーマルなご衣裳をご用意ください」と言われた。
あいにくタキシードなんて持っていないし、絶対に似合わない自信もある。

女房にいうと、「お父様の燕尾服ならあります」という。
街のサンドイッチマンじゃあるまいし、燕尾服はヘン。
「おじい様の羽織袴と刀があります」という。わしゃ旅役者か。

私にとってフォーマルな衣服とは、カントリースーツにテンガロンハット。
靴は、もちろん季節を問わずウエスタン・ブーツ。
冬はいいが、真夏にはちょっとキツイ。

案の定、行く先々で「アメリカの方ですか」と言われた。
アメリカ人でも、インデアン系か、はたまた中国、韓国系。
「わしゃ、日本のサムライだ」といっても服装が許さない。

このときのシェフが東京の帝国ホテルで修業したことがあるそうで、
大いに日本礼賛談義に花が咲いた。そのシェフが別れ際に言った言葉が私をキズつけた。
「ディスガイズ(変装)のカーニバルでもあるのですか?」






 

ライブのお知らせ 

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 5月31日(水)11時06分53秒
返信・引用 編集済
            ☆ オールドウエスト ☆

      6月10日(土) 7:00pm
      アビリーン TEL 06-6300-5335

      6月25日(日)8;00pm
      SOEN   TEL 090-3162-7864

           森田二郎 蔦川元 長田雅博 大塚孝彦
          別所憲一  石橋イサオ
 

お返事

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 4月 8日(土)18時27分5秒
返信・引用 編集済
  Tokikoさん

ベッキー・ホブスは C D で7枚あります。
マーティ・ブロムも、同じく7枚ほどあります。
お聴きになった曲名をご連絡くださればお調べします。
この二人には駄作がありませんので、
レパートリーに加わえられることに賛成します。
 

無礼講談

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月25日(土)04時57分39秒
返信・引用 編集済
  「亡き友を偲ぶ」          清水敏夫

西大寺のブルーグラス愛好者、竹本さんがご来宅。
竹本さんは私の古い音楽仲間であるが、亡きエジソン黒木とも親しく、
共通の趣味であるキャンプなどで親交を深めていた。

黒木は、車に米、缶詰、飯盒、燃料などを常備しているアウトドア派。
「第1回・宝塚ブルーグラス・フェス」で食べものに窮し、
皆が空腹に苦しんでいるとき、何度もご飯を炊いてふるまった。

竹本さんも、軽四をミニ・キャンピングカーに改造し、
一人で何泊もの旅に出るストレンジャー。
どちらもカウボーイ気取りで人生を楽しんでいたようだ。

竹本さんは、二時間もかけてビル・モンローのLPをチェックしたあと、
茶菓を楽しみながら、黒木との在りし日を追憶。
「黒木さんは、清水さんの一番弟子だと自慢していました」という。

私は何も習うべきところのない師匠であったが、エジソン黒木は、
不器用で無精者の私にとって、学ぶことの多いお弟子さんであった。
改めて、彼の人生の大半であった40年の交流に深く感謝したい。
                             合掌

 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月19日(日)09時09分58秒
返信・引用 編集済
  Yumiさん

そ、そ、そんなんコピーするより、
パッツィ・クラインの歌唱力、ワンダ・ジャクスンの寂寞感、
タミー・ワイネットの気品、ダイアナ・トラスクの音感を会得しなさい。
回り道は時間のロスです。何事にも正しいメソッドが大切です。
 

人生

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月17日(金)16時28分33秒
返信・引用 編集済
  「終わりよければ」        清水敏夫

テキサス滞在中の娘の家族から、どんどん写メが送られてくる。
孫は三人ともテキサス・ブラウンズビルの小学校を卒業している。
校舎を訪れた三人は、あまりの懐かしさに号泣したらしい。

それぞれに同窓生も集まってくれ、10年ぶりの再会を喜びあった。
一家はテキサスから、娘婿の育ったイリノイに移動し、シカゴに投宿。
シカゴには特有の音楽感が漂い、音楽好きには病みつきになる街である。

シカゴからサンフランシスコに移り、名物のシーフードを楽しむという。
私の記憶では、大きなロブスターをペンチで割って食べるのが美味かった。
留守番の私たちも、彼らと入れ違いに房総半島に旅し、海の幸を満喫する。

一匹狼で生涯を生き抜いた私の人生は、決して安楽なものではなかった。
しかし、その苦闘が実を結び、いまは全てに恵まれて何の不自由もない。
「終わり良ければ全て良し」天に感謝すべき人生であったと思う。

「座右の銘」
   蛮たれど 粗たれど 卑ならざるが武士(もののふ)の道



 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月15日(水)18時16分19秒
返信・引用 編集済
  MISAさん

お元気なメールを拝読し安心しました。
私は永遠の美青年、元気いっぱいです。

先日の九州旅行で熊本を通過しました。
次は通過しないで途中下車いたします。

教材の件はOK。がんばってください。

 

お願い

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月11日(土)08時29分1秒
返信・引用 編集済
  私のメール機構は、事情により休止中のため、
資料請求や個人的なお便りなどは、

「清水敏夫のカントリーワールド」
http://9318.teacup.com/3594/bbs

の投稿スペースへお書き込みください。
管理人が承認後に管理人の操作でもって
アップされるシステムですので、
そのまま自動的にアップされることはありません。

※この「無礼講談」は自動的にアップされますが、
 誹謗中傷のたぐいは即刻削除されますので、
 その趣味の方は立ち入り無用です。

 

無礼講談

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 7日(火)11時58分36秒
返信・引用 編集済
  「海軍カレー」             清水敏夫

鹿児島の鹿屋(かのや)にある「航空基地資料館」を訪れたとき、
「鹿屋海軍航空カレー」というレトルト・カレーを買って帰った。
私は無類のカレー好きで、旅をしていてもカレー専門店が見つかれば入る。

あくまでもレトルト食品であるし、発売元が鹿屋の「村おこし公社」
失礼ながら味には期待しないで、記念のつもりで買った。
そのカレーは、鹿児島産の黒豚と和牛を使ったものと二種類あった。

帰宅し、さっそく食べてビックリ仰天、これがメチャクチャ美味かった。
ヘタなカレー専門店や、高級ぶったホテル・カレーよりはるかに美味い。
インド人が自慢する「本場のカレー」とも違い、日本人の味覚で美味い。

「伝統の味を再現」とあるが、昔の海軍にこんな美味いカレーを作れたわけがない。
つまり、伝統をベースに、今日的な技術を駆使して作ったのであろうが、
私が食した市販のレトルト・カレーの中でも群を抜いて美味かった。

世の中には不思議なことがあるものだ。
鹿屋を訪れたときには、だまされたと思って買ってほしい。各432円
料理はすべからず、材料でもなければ手順でもない。美味いものが勝ちである。


 

拝復

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 5日(日)23時42分28秒
返信・引用 編集済
  宮城智子さん

お便り有難うございました。新しいお仲間として歓迎いたします。
カントリー・ミュージックは、多くの意味で、奥の深い音楽です。
私でお役に立てることがありましたら、何なりとご用命ください。

下記のサイトも併せてご愛読ください。

[清水敏夫のカントリーワールド]

http://9318.teacup.com/3594/bbs
 

帰宅しました

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 5日(日)23時38分59秒
返信・引用 編集済
  「楽しくて、悲しい旅」      清水敏夫

ヤボ用があって、予定を早めて帰宅しました。
現代はケイタイという不便なものがあって、
どこにいても呼び出され、否応なしに行動の自由を奪われます。

でも、鹿児島の旅は飛び切り楽しくて、飛び切り悲しい旅でした。
悲しいというのは、鹿屋と知覧の二か所で特攻隊の展示場を見学し、
二か所とも、ハンカチがびっしょり濡れるほど泣かされました。

多くの若者が、出撃の前に両親や兄弟宛に書いた遺書を読み、
涙腺に欠陥のある私は、周囲をはばからず嗚咽しました。
平和ボケした自分を律する意味で、いい旅になったと思いました。


 

初めてまして。

 投稿者:宮城智子  投稿日:2017年 3月 3日(金)23時34分5秒
返信・引用
  初めてまして。
大田さんからご紹介いただきました宮城智子と申します。
大田さんからこちらに音源を掲載しますとご連絡いただきました。清水さんがとても素晴らしい方だと大田さんからお伺いしています。カントリーは音楽ジャンルの中でとても好きです。
まだまだ勉強中ですが今後ともどうぞ宜しくお願い致します。どうもありがとうございます!
 

小さな旅

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 3日(金)03時51分19秒
返信・引用 編集済
  今日から一週間、小さな旅に出ます。
今回の九州も、月末の房総半島も妻の希望です。
私は荷物持ち兼介護人ですが、
妻は「私の方が介護人だ」と申しています。
地元の薩摩汁が楽しみです。

オオタさん
宮城さんによろしく。

 

日本の女性歌手が歌う「クレイジー」です。

 投稿者:カントリー愛好家from名古屋  投稿日:2017年 3月 2日(木)12時10分8秒
返信・引用 編集済
  ご無沙汰しております。名古屋市在住のオオタです。facebookの世界では投降文に毒を効かせすぎた為か問題児として扱かわれております。しかし本日は毒素成分まったく無しの多いに参考になるだろうと自負しております。本人様の承諾は得ております。

この場では外人さんの歌のアップロードが主ですが、一度だけ例外に沖縄支援の意義づけで、日本人女性歌手も参考に聴いていただきたい。沖縄出身で幼少の頃から、ノド自慢大会で鐘を鳴らしてきた宮城智子さんの「クレイジー」です。JAZZもポップス、歌謡曲も上手に歌われますが、「カントリーも唄っていただける、有り難いなあ」との姿勢で受け止めています。沖縄出身者の世界ではとても人気者でまた、外人さんのファンも多いです。
https://youtu.be/LPt11q9dIng

http://youtu.be/LPt11q9dIng

 

拝復

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月27日(月)16時53分35秒
返信・引用 編集済
  安田さん

マール・ハガードの全アルバム中、「最も好きな作品は」というご質問ですが、
好きなアルバムは、自分が解説を書いたアルバムも含めて、何十枚もあります。
ご質問にしたがい、1枚に限定しますと、私の場合は下記アルバムになります。

☆「マール・ハガード、ジミー・ロジャースを歌う」(キャピトル)1969年。

マール・ハガード32歳、もっとも脂の乗りきった時期でもあり、
先輩たちが競って発表したジミー・ロジャースものへの対抗意識もあったでしょう。
アーネスト・タブ、ハンク・スノウ、レフティ・フリッツェル、グランパ・ジョーン、
ジーン・オートリー、ジミー・スキーナーらの名作、名盤もありますが、
私は、やはり若いハガードが渾身の力で世に問うたこの作品に一票を投じます。
ストレンジャースの演奏も素晴らしく、69年に初めて聴いたときは鳥肌が立ちました。

下記は1990年にCDで復活発売されたもので、根気よく探せば入手は可能と思います。
オリジナルのLP2枚組は、発売から半世紀も経過するので入手は不可能でしょうね。

Same Train A Different Time    Sings The Great Songs of Jimmie Rodgers
                                      / Merle Haggar (Capitol TOCP-6435)

※ 機会がありましたら、我が家にお立ち寄りください。小林明人さんによろしく。








 

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